予想問題/「自分なりの死の哲学は」佐伯啓思『朝日新聞』
(1)はじめに/なぜ、この記事を書くのか?
入試頻出著者・佐伯啓思氏が、入試頻出論点である「死の哲学」・「死生観」・「尊厳死」・「安楽死」・「孤独死」・「無縁死」について、秀逸な論考(→「いかに最期を迎えるか、自分なりの『死の哲学』は」佐伯啓思(『朝日新聞』2018年2月2日「異論のススメ」)を発表しました。
これらの論点は、現代文明批判、現代文明論、近代批判の論点として、最頻出なので、佐伯氏の著書『反・幸福論』・『日本の宿命』を参照しながら解説していきます。
今回の記事の項目は、以下の通りです。なお、記事は約1万字です。
(2)予想問題/「いかに最期を迎えるか、自分なりの『死の哲学』は」佐伯啓思(『朝日新聞』2018年2月2日「異論のススメ」)
(3)「死生学」について
(4) 「日本古来の伝統的死生観」の再評価について
(5)佐伯啓思氏の紹介
(6)当ブログにおける「佐伯啓思」関連記事の紹介
(7)当ブログにおける「哲学」関連記事の紹介
(2)予想問題/「いかに最期を迎えるか、自分なりの『死の哲学』は」佐伯啓思(『朝日新聞』2018年2月2日「異論のススメ」)
(「異論のススメ」本文①)
(概要です)
(赤字は、当ブログによる「強調」です)
(青字は、当ブログによる「注」です)
去る1月21日の未明に評論家の西部邁(→西部 邁(にしべ すすむ、1939年3月15日~2018年1月21日)は日本の保守派の評論家。元経済学者。雑誌『表現者』顧問。元東京大学教養学部教授)さんが逝去され、本紙に私も追悼文を書かせていただいた。西部さんの最期は、ずっと考えてこられたあげくの自裁死である。彼をこの覚悟へと至らしめたものは、家族に介護上の面倒をかけたくない、という一点が決定的に大きい。西部さんは、常々、自身が病院で不本意な延命治療や施設で介護など受けたくない、といっておられた。もしそれを避けるなら自宅で家族の介護に頼るほかない。だがそれも避けたいとなれば、自死しかないという判断であったであろう。
このような覚悟をもった死は余人にはできるものではないし、私は自死をすすめているわけではないが、西部さんのこの言い分は私にはよくわかる。いや、彼は、われわれに対してひとつの大きな問いかけを発したのだと思う。それは、高度の医療技術や延命治療が発達したこの社会で、人はいかに死ねばよいのか、という問題である。死という自分の人生を締めくくる最大の課題に対してどのような答えを出せばよいのか、という問題なのである。今日、われわれは実に深刻な形でこの問いの前に放り出されている。」
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(当ブログによる解説)
上記の論考の前半部分は、西部氏への追悼文です。
追悼文は、名文が多いようです。
以下の佐伯氏の「西部氏への追悼文」も、心に響きます。
「 西部邁さんが逝去された。予想していたとはいえ、現実となればたいへんに寂しい。その死について他人がとやかくいう筋合いではない。余人にはできぬその激しい生き方の延長上にある強い覚悟をもった死であった。
私が西部さんと出会ったのは、もう40年以上前になる。若手の経済学者として東大に赴任された西部さんとは、毎週、ほとんど夜が明けるまで論じ、笑い、厳しく問い詰められた。私の大学院生活の後半のすべてがそこにあった。この濃密な時間のなかで、西部さんが絶えず問いかけたのは、生への覚悟であった。お前は何を信条にして生きているのか、それを実践しているのか、という問いかけであった。自らの信条も覚悟ももたぬ者が学問や研究などやって何になるのだ、というのである。
その西部さんが、社会に蔓延する偽善や欺瞞の言説に我慢がならなかったのは当然であろう。どれほどの高名な学者であれ、社会的な著名人であれ、その言動の根底に偽善やごまかしを見いだせば、西部さんは容赦なかった。その意味で、彼ほど、権力や権威や評判におもねることを嫌った人を私は知らない。
西部さんは、チェスタトン(→ギルバート・キース・チェスタトン(1874年5月29日~1936年6月14日)はイギリスの作家、批評家、詩人、随筆家。ロンドン・ケンジントンに生まれ。セント・ポール校、スレイド美術学校に学ぶ。推理作家としても有名で、カトリック教会に属するブラウン神父が遭遇した事件を解明するシリーズが探偵小説の古典として知られている。後期ヴィクトリア朝時代の物質主義・機械万能主義に対し鋭い批判を加えた。(→「現代文明批判」と同じです)得意の警句と逆説を駆使したその文芸批評、文明批評は鋭利、過激)の次の言葉をよく口にしていた。「一人の良い女性、一人の良い友、ひとつの良い思い出、一冊の良い書物」、それがあれば人生は満足だ、と。西部さんは存分に生き、満足して亡くなられたと思う。心からご冥福をお祈りします。」(「西部邁さんを悼む 絶えず問うた 生への覚悟」佐伯啓思『朝日新聞』2018.1.25)
この追悼文の以下の部分は、特に心に染みます。
「西部さんは、チェスタトンの次の言葉をよく口にしていた。「一人の良い女性、一人の良い友、ひとつの良い思い出、一冊の良い書物」、それがあれば人生は満足だ、と。西部さんは存分に生き、満足して亡くなられたと思う。」
「人生の究極の価値」、「生きがい」について考えさせられます。
人間は何のために生きているのか?
何を求めて生きているのか?
人生に不可欠なものは何か?
「生きがい」とは何なのか?
生きていくために必要なものは、案外少ないのでないか?
本当に必要なものは、それほどないのでは、ないか?
人生に多くのものを求めるのは、間違いなのではないか?
要するに、人生とは大したことではないのでは、ないか?
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(「異論のススメ」本文②)
(概要です)
簡単な事実をいえば、日本は超高齢社会にはいってしまっている。2025年には65歳以上の割合は人口の30%に達するとされる。介護施設の収容能力をはるかに超えた老人が出現する。また、現在、50歳で独身という生涯未婚率は、男で23%、女で14%となっている。少子化の現状を考慮すれば、1人で死なねばならない老人の割合は今後も増加することになろう。
おまけに医療技術や新たな医薬品の開発によって寿命はますます延びる。政府は人生100歳社会の到来を唱え、医療の進歩と寿命の延長は、無条件で歓迎すべきこととされる。しかしそうだろうか。それはまた別の面からいえば、年老いて体は弱っても容易には死ねない社会の到来でもあるだろう。ということは、長寿社会とは、家族の負担も含めて長い老齢期をどうすごすか、という問題であり、その極限に、家族もなく看取(みと)るものもない孤独死、独居死という事実が待ち構えている、ということでもあろう。
とはいえ、統計的なことをここで述べたいわけではない。超高齢社会とは、人の死に方という普遍的なテーマの方に、われわれの関心を改めて振り向ける社会なのである。近代社会は、生命尊重、自由の権利、個人の幸福追求を基本的な価値としてきた。それを実現するものは経済成長、人権保障、技術革新だとされてきた。しかし、今日、われわれは、もはやこれらが何らの解決ももたらさない時代へと向かっている。近代社会が排除し、見ないことにしてきた「死」というテーマにわれわれは向きあわざるを得なくなっている。
いくら思考から排除しようとしても、また、いくら美化しようとしても、老・病・死という現実は、とてもきれいごとで片付くものではない。仏教の創始者にとって人間の最大の苦とされた老・病・死の問題は、それが、決して他人には代替不能な個人的な事態であるにもかかわらず、それを自力ではいかんともしがたい、という点にある。徹底して個人の問題であるにもかかわらず、個人ではどうにもならないのだ。自宅にいて家族に看取ってもらうのが一番などといって、政府もこの方向を模索しているが、じっさいにはそれは容易なことではない。また、家族にも事情があり、その家族もいない者はどうすればよいのか、ということにもなる。
やむをえず入院すると、そこでは延命治療が施される。私は、自分の意思で治療をやめる尊厳死はもちろん、一定の条件下で積極的に死を与える安楽死も認めるべきだと思う。だが、その種の議論さえ、まだタブー視されるのである。
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(当ブログによる解説)
『反・幸福論』の中で、佐伯啓思氏は、「無縁社会は、われわれが自主的に選択した近代原理からの当然の帰結である」として、次のように述べます。
「都市化という形で近代化を目指したとき、われわれはこぞって『故郷喪失者』になろうとしたのです。いつまでも『故郷』などに縛られたくはない。都会ではばたかなければ幸福になどなれないと考えたのです。積極的に『故郷喪失者』であろうとしたのでした。それはまた『縁』を断ち切ることでした。われわれは『無法者』ではないにしても『無縁者』になろうとしたのでした。今頃になってまた『コミュニティ』が見直されたり、時には『絆』などといわれたりします。両方とも、『共同体』や『縁』とはあえて言わないのです。『共同体』や『縁』は『ムラ』や『イエ』を連想させてしまうからです。
『絆』というのは、個人がある意味で自由に選びとり作り出すものです。それは偶然を引き受けようという『縁』とは似てはいるがまったく違った言葉です」
(『反・幸福論』第三章「『無縁社会』で何が悪い」)
「縁」・「絆」の「背景」の落差の指摘は秀逸です。
「縁」と「絆」には、「個人の意志の介在の有無」という大きな落差があります。
その大きな落差こそ、「孤独死」の背景なのです。
つまり、「孤独死」の背景には、個人の意志による選択があるということです。
「個人主義」の重視からの、自明の帰結が「孤独死」ということになります。
「個人主義」の問題点を検証しないで、「孤独死」それ自体を問題にしても、何の解決にもならないのです。
もっとも、「死」は、本質的に、それ自体が「孤独」で、「個人的な現象」と言えます。
『反・幸福論』でも説かれているように、「人は、生まれる時は母親とともにあるが、死ぬ時はみな孤独に死ぬ」ということを再確認するべきでしょう。
『反・幸福論』には、次のような一節があります。
「生まれるということ」は母親という他者がいなければ成り立ちませんが、「死」は、全く個人的で個体的な現象という以外にない。だから、死とは本質的に『無縁化』なのです。」(『反・幸福論』P 86 )
「異論のススメ」の中の「尊厳死」・「安楽死」については、「積極的安楽死」・「消極的安楽死」の区別から考えると、分かりやすくなります。
「積極的安楽死」とは、致死性薬物の服用、投与により、死に至る行為です。
医療上の積極的安楽死は、患者の要求に応じて、医師が延命治療を中止することです。
自分で積極的安楽死を行った場合は自殺なので犯罪にはなりません。
日本では、他人による積極的安楽死は法律で容認されていないので、刑法上は殺人罪の対象となります。
一方で、「消極的安楽死」とは、救命のための治療を開始せず、人間を死に至らせる行為です。
医療上の消極的安楽死は、病気の治療をすることが可能であっても、患者の明確な意志に基づき治療をしないことにより、結果として患者を死に至らせることです。
世界各国では、終末期の患者に対する消極的安楽死は広く認められています。
日本では、患者本人の明確な意思表示に基づく「消極的安楽死」は、殺人罪、殺人幇助罪・承諾殺人罪には、なりません。
「安楽死」の背景には、「自分の命の取扱いは自分で決める」という「個人主義」における「自己決定権の思想」があります。
人間には、他者の権利を著しく侵害することがない限り、自己の意思に従い、より良い死に方を選択する自由が、個人の権利として存在するのです。
「尊厳死」(→「尊厳死」とは、人間が人間としての尊厳を保ち死に臨むことであり、インフォームド・コンセントのひとつとされています。末期癌患者などの治癒の見込みのない人が、クオリティ・オブ・ライフ(QOL) と尊厳を保ちつつ最期の時を過ごすための医療がターミナルケア(終末期医療)です)についても、「安楽死」と同様に、自らの死のあり方を自己の意思によって決定する「自己決定権」の観点から説明されることが多いのです。
これらの議論がタブー視されるのは、「延命治療」の悲惨な実態を知らないこと、自分の死を具体的に想像できないこと、つまり、死をタブー視することによる「死への意識不足」が原因でしょう。
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(「異論のススメ」本文③)
(概要です)
近代社会が、生命尊重や個人の自由、幸福追求を強く唱えたのは、ただ生きていればよいからではなく、個人の充実した生の活動をかけがえのないものと考えたからである。だから、その条件として生命尊重や自由の権利などに重要な意味が与えられたのだ。しかし、人は年老い、活力を失い、病に伏し、死に接近してゆく。これが厳然たる現実である。いくら「充実した生の活動」といっても、その生がかげり、活動が意のままにならない時がくる。
かつて、この「老い、活力を失い、病に伏し、死に接近する」苦にこそ人生の実相をみたのは仏教であった。自由の無限の拡大や幸福追求をむしろ苦の原因として、この苦からの解脱を説いた。それは、今日の近代社会のわれわれの価値観とはまったく違うものである。ただ仏教が述べたのは、生は死への準備であり、常に死を意識した生を送るべきだということである。死の側から生を見たということである。
別に仏教が死に方を教示してくれるわけでもないし、仏教の復興を訴えようというのではない。「死」は、あくまで個人的な問題なのである。「死の一般論」などというものはない。自分なりの「死の哲学」を模索するほかない。
西部さんの自死は、あくまで西部さんなりの死の哲学であった。ただそれは、「では、お前は死をどう考えるのかね?」と問いかけている。答えを出すのはたいへん難しい。だが、われわれの前にこの問いがおかれていることは間違いないだろう。
(「いかに最期を迎えるか、自分なりの“死の哲学”は」佐伯啓思『朝日新聞』2018年2月2日「異論のススメ」)
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(当ブログによる解説)
上記の論考の中で、特に重要なのは、以下の一節です。
「死」は、あくまで個人的な問題なのである。「死の一般論」などというものはない。自分なりの「死の哲学」を模索するほかない。
佐伯氏が主張するのは、各自が自分なりの「死生観」を持つべきだということです。
近代原理は、徹底的に「死」を遠ざけてきました。
「死」はタブーであり、思考の対象から一切除去するべき事項です。
テレビでも、新聞、雑誌においても、様々なバカバカしい理由を付加して、死体の映像はカットされています。
しかし、東日本大震災は、むき出しの無慈悲な膨大な「死」を私たちに見せつけました。
それにより、私たちは「自分自身の死」をイメージすることになりました。
このことは、「人生」を考えることでも、あります。
この経緯を佐伯氏は、以下のように述べています。
「 私の基本的な立場は次のようなものです。
今日の日本社会の混迷、もっと特定化して言えば、言論におけるタガのはずれ方を生みだしたものは、大きく言えば、戦後日本で、われわれがその上に社会を組み立ててきた価値が借りものであり、そのことの意味を分かっていなかったからだ、ということです。
もっと端的に言いましょう。戦後日本の「自由」「民主」「平和」「富の増大」「ヒューマニズム」「幸福追求」などという価値はどこか借り物であり、われわれの腑に落ちていないからです。そして、大事なことは、それにもかかわらず、われわれはそれを正しいものとして積極的にもちあげ、それに疑問を呈することを許さなかったのです。
もっと大きく言うと、それを近代主義ということも可能でしょう。近代主義とは、自由の拡大、平等や民主主義の進展、経済発展、人権や基本的権利の拡張、平和の増進が人々の「幸福」につながり、「幸福の増大」は望ましいことだ、という考え方です。その意味での「幸福追求」こそがわれわれが目指すべきものだ、ということなのです。今日、この近代主義の価値観を疑う者はまずいないでしょう。
私には、この種の「幸福追求」を絶対化し、それを疑うことをやめたところに、今日の日本の閉塞感がでてきているように思えるのです。「幸福追求」は必ず行き詰まります。まず他人のそれと衝突するでしょう。そうすると、いったいどうしてそれを調停するのか。
また、人は、決して「運命的なもの」から逃れられません。別の言い方をすれば、理不尽な偶然のいたずらから逃れることはできません。人間の手ではどうにもならないことがいくらでもあります。こうなると、「幸福であろう、幸福であろう」という強迫観念がむしろ不幸をもたらしてしまうのです。
実は、前作の『反・幸福論』を連載している最中に東日本大震災が起きました。まさに、どうにもならない理不尽で偶然の途方もない力が、人の幸福をあざわらうかのように吹き飛ばしてしまったのです。
私には、この大震災は、われわれの追求してきた幸福のあり方、生活の組み立て方を根底から考え直す契機となるべきものと思われました。まさしく、人は、むきだし生と死の前に立たされたのでした。
死生観こそが求められているのでした。被災者や被災地を考えれば早急な「復興」が必要なことは言うまでもありません。しかし、その「復興」は、いく分かは新たな社会像をさし示すものでなければならず、そのためには何らかの自然観や死生観がなければならないのです。」(『日本の宿命』「まえがき」 )
「死生観」とは、何か?
このことを考えることは、私たちを迷路に誘い込むことになる側面があることは確かでしょう。
単純な問題ではないのです。
永遠に解けない難問の一つと言えます。
ごく一部の自覚的な思索者においては、この問題を解くためにこそ生きている、とさえ言えるのです。
佐伯氏は、「死生観」について、以下のように述べています。、
「『死生観』とは、『死』をどういうものとして受け入れ、『死』を前提としてどのように生きればよいのかという漠然たる了解です。中世には『メメント・モリ(死を忘れるな)』という教訓がありましたが、生命尊重主義、生存第一主義をとる近代社会では確固たる『死生観』を持ちえなかった」(『反・幸福論』)
そして、佐伯氏は、「死」に最も接しているはずの医者が「死」に関心を持っていないとして、医者を批判しています。
「 医者が『死』についてあまり関心をもたないのは、ひとつは、医者は死者を相手にするのではなく、あくまで『生』の側にいるからでしょう。職業柄『生かす』ことを考えるのでしょう。
それと、もうひとつは、どうやら『生』も『死』もたかが生物体の個体が消滅するかどうかだけのことで、それも生物的現象だと思っているふしがあります。
強いていえば、現代の死生観なるものはそういうものなのです。いわば『死生観なき時代の死生観』といってもよいでしょう。」
佐伯氏は、現代の「死生観」とは「生命尊重主義」・「生存第一主義」の時代の「死生観もどき」だとして、次のように述べます。
「 この文明の最高度な段階で、われわれは『死とは、ただ個体としての生物体の消滅である』という、あまりにあけすけで単純でむき出しの『死』という原点に復帰したというわけです。とすれば、ベッドにくくりつけられて死ぬのも、誰に知られることもなくひっそりと孤独死をするのも実は同じことなのではないでしょうか。どちらも、『死とは、ただ個体としての生物体の消滅である』という現代の原理からすれば、同じ考え方に基づいているのではないでしょうか」
次に、上記の論考(「自分なりの死の哲学は」)では、「孤独死」・「独居死」を論じていましたが、『反・幸福論』では、「『無縁死』とは『現代の姥捨て』ではないか」という重要な指摘をしています。
佐伯氏は、次のように述べています。
「 無縁死とは、もっとわかりやすい現代の姥捨てということになるでしょう。いわば自己責任原則による姥捨てのセルフサービスのようなものなのです。
(→当ブログによる「注」→なんとも過激な皮肉的表現です。しかし、一面において、この指摘は正当です。私たちは個人主義を信奉し、個人主義的な行為、言い換えれば、孤立的行為を喜んで遂行しています。一方で、「姥捨て」は、他律的孤立化の元での死、他律的・強制的な個人主義的状況(「死」)の創出と評価することが可能だからです)
そして結局、姥捨てにかわる別のやり方を現代の文明が発見したわけでもないのです。
私は、何も無縁死を礼讃しようとしているわけではありません。
ただ、姥捨てを悲惨だ、凄惨だ、人権無視だといって非難するほど、われわれが進歩したわけでもなんでもない、ということなのです」
さらに、佐伯氏は、「孤独死」についても次のように述べます。
「『死』とは、どうしても生物体としての個体の消滅です。『人間』が否応なく動物に戻る瞬間なのです。そこにどんな死に方がいいも悪いもありません。自然死としては、できるだけ荷物を軽くし、現世の縁をたち、誰にもさして迷惑をかけず(確かに死体処理者や遺品処理者にはかなり迷惑がかかりますが)、猫が自らの死期を悟ったとき姿を消すように、いつのまにか、こっそりと孤独死するのが本当の姿なのです」
上記は、理の当然のことを改めて指摘した論考と言えるでしょう。
死は個人的な現象です。
「死=孤独」なのですから、「孤独死」というのは、考えてみれば、実に奇妙な表現と言えるのです。
孤独死を問題視する論考は、本音の所は、上記の佐伯氏の論考の 「(確かに死体処理者や遺品処理者にはかなり迷惑がかかりますが)」の部分を、気にしているのでしょう。
(3)「死生学」について
「 「死」は、あくまで個人的な問題なのである。「死の一般論」などというものはない。自分なりの“死の哲学”を模索するほかない。西部さんの自死は、あくまで西部さんなりの死の哲学であった。ただそれは、「では、お前は死をどう考えるのかね?」と問いかけている。答えを出すのはたいへん難しい。だが、われわれの前にこの問いがおかれていることは間違いないだろう。」
(「いかに最期を迎えるか、自分なりの“死の哲学”は」佐伯啓思『朝日新聞』2018年2月2日「異論のススメ」)
上記の論考における「死生観」を考える上で、最近の学問である「死生学」を軽視することはできません。
「死生学」は、個人の死とその死生観についての学問です。
具体的には自己の死に向き合うことで、「死までの生き方」を考える学問です。
死生学の開拓者の一人、アリエスによれば、「人間は死者を埋葬する唯一の動物」です。
この埋葬儀礼はネアンデルタール人にまでさかのぼるものです。
それ以来長い歴史の中で、人類は「死に対する態度=死生観」を養ってきました。
死生学はこのような死生観を哲学・医学・心理学・民俗学・文化人類学等を通して解明し、「死への準備教育」を目的とする学際的な学問です。
死生学は尊厳死問題・緩和医療問題等を背景にして、最近、確立された新しい学問領域です。
現代社会は、「死」を徹底的にタブー視する社会です。
近代以前において「死」は最重要な哲学的思索の対象でしたが、近代以降の社会思想は、人間生活から死を排除しました。
現代社会において一般化している「核家族」も、死を排除した小共同体です。
子供は成人になるまで、身近な家族の死に直面する機会は、極めて少ないでしょう。
それに対し、前近代における大家族においては、家族構成は二世代になり、家族の死は身近なものでした。
「死生学」は、死をタブー視している現代社会において、「死への態度」という視点から「生の根元的価値」を見つめ直そうという学問的試みです。
「死生学」においては、「死への準備教育(死の準備教育)」を重視しています。
「死への準備教育(death education)」とは、人間らしい死を迎えること、死に直面したり、親族と死別したりすることの苦悩を和らげるための教育、に関連する教育をいいます。
「死への準備教育」は、欧米を中心に広まっています。
具体的には、ホスピスと幼稚園の併設、学会開催、社会講座開催等です。
日本でも、最近、「死への準備教育」は注目され、「死への準備教育」が求められるようになっています。
その背景には、以下の点が挙げられるでしょう。
高齢化社会の進行。
病院死の急増。
延命治療等による、周りを医療機器に囲まれた死の急増。(→輸液ルート、導尿バルン、気道チューブ、動脈ライン等、身体中にチューブやセンサーが取り付けられた重症患者のことを『スパゲティ症候群』と呼びます)
死の定義の曖昧化。具体的には、脳死と心臓死の論争。
「生きること」の意義の喪失。それに伴う自殺や犯罪の増加。
これらの深刻な現代状況を背景に、「人間らしく死ぬこととは、どうことか?」「生と死とは何か?」を追求する「死生学」の意義が問われるようになって来たのです。
(4) 「日本古来の伝統的死生観」の再評価について
「 「死」は、あくまで個人的な問題なのである。「死の一般論」などというものはない。自分なりの「死の哲学」を模索するほかない。西部さんの自死は、あくまで西部さんなりの死の哲学であった。ただそれは、「では、お前は死をどう考えるのかね?」と問いかけている。答えを出すのはたいへん難しい。だが、われわれの前にこの問いがおかれていることは間違いないだろう。」
(「いかに最期を迎えるか、自分なりの“死の哲学”は」佐伯啓思『朝日新聞』2018年2月2日「異論のススメ」)
上記に関連する日本古来の伝統的死生観の再評価について、当ブログで、最近解説したので、以下に、その記事(→「予想問題「無常という事」小林秀雄・身体感覚・身体論・死生観・随筆」)の該当部分を再掲します。
ーーーーー
(再掲開始)
(小林氏の論考)(概要です)
「【8】上手に思い出す事は非常に難しい。だが、それが、過去から未来に向かって飴(あめ)の様に延びた時間という蒼(あお)ざめた思想(僕にはそれが現代における最大の妄想と思われるが)から逃れる唯一の本当に有効なやり方の様に思える。成功の期はあるのだ。この世は無常とは決して仏説という様なものではあるまい。それは幾時(いつ)如何(いか)なる時代でも、人間の置かれる一種の動物的状態である。現代人には、鎌倉時代の何処かのなま女房ほどにも、無常ということが分かっていない。常なるもの(→伝統的価値観、死生観、死への意識)を見失ったからである。」 (『文学界』昭和17年6月号)
ーーーーーーーー
(当ブログの解説)
(問題)「現代人は、鎌倉時代のなま女房ほどにも無常ということがわかっていない」とは、どういう意味か?
「なま女房」は、確固たる「死生観」(→「死」と「生」に関する価値観。「生死は無常なのでどうすることもできない」とする価値観)を保持していたが、現代の日本人は、「死」・「人生の無常」を直視していないということです。
(問題)「常なるもの」とは何か?
「日本古来の伝統的死生観」です。
前述したように、明治時代からの、「文明開化」による「西洋化・近代化」により、日本人の精神構造が、「西洋的な人間中心主義的発想」となりました。
そして、「自然との交流」・「死後の世界との交流」は、出来なくなりました。
その結果、「死」・「歴史」は、日々の生活から遠ざかったのです。
それとともに、「日本古来の伝統的死生観」も、ほとんど消滅してしまったのです。
このことは、戦後になって、著しく進行したのです。
この人間として不自然な状態から脱却するためには、日頃から、頭だけで観念的に考えないようにする、全身で納得することを心がける、腑に落ちるということを大切にする、というようにして、「自分の身体感覚」をも重視して、考察することを意識するべきです。
「自分の身体性」に意識が向けば、自分の「老」・「死」は、時間と宿命の流れに支配され、自分の意識を超越したものだという当然の事実が強く認識できるはずです。
人は「老」・「死」の絶対性から逃れることはできないのです。
このことを「無常」というのでしょう。
現代の日本人は、「自己の身体性」から目を背けたために、この「無常の感覚」、つまり、「日本の伝統的価値観」まで忘れてしまったのでしょう。
小林秀雄氏は、「死を直視することの重要性」を以下のように述べています。
「人の世の秩序を、つらつら思うなら、死によって完結する他はない生の営みの不思議を納得するでしょう。死を目標とした生しか、私たちには与えられていない。そのことが納得出来た者には、よく生きる事は、よく死ぬ事だろう。 」(小林秀雄「生と死」『小林秀雄全作品 第26集』)
「この世に生まれ、暮らし、様々な異変に会い、死滅するという人の一生を、これを生きて知る他はない当人の身になって納得してみよ。歴史の真相に推参できるだろう。兼好はこれを『実(まこと)の大事』と呼んでいる。」(小林秀雄「生と死」)
「小林秀雄についての批評」に関してはトップレベルの文芸評論家の秋山駿氏は、「小林秀雄ーその生と文学の魅力」 (『Web版 有鄰・第414号(平成14年5月10日)』有隣堂)の中で、とても参考になることを述べています。
「小林は乱暴な人だ、と言ったが、その乱暴とは、一度自分で決断したら、前途も知らず、前後も見ず、自分を信じて一直線に突き進む元気、といった意味のものだ。
その一直線に突き進む元気が、小林の文学の中央を貫く。出発点から最後まで貫く。」
そして、『考えるヒント』について、以下のように続けています。
「小林は、戦後の時代が、あまりにも日本文化の基本から外れた方へ進んでいるのを見て、時代に抗して、警告として、彼が日本と現代について考えたところを種子として、われわれへとばら撒いたのであった。一粒の麦もし死なば・・・・、それがヒントの真意であった。」
このことは、「無常という事」についても、同じように言えるのでは、ないでしょうか。
ただ、「無常という事」は戦争中の作品です。
とすると、戦争中から、戦後思想的なものはあったのでしょう。
(再掲終了)
(5)佐伯啓思氏の紹介
1949(昭和24)年、奈良県生まれ。社会思想家。京都大学名誉教授。東京大学経済学部卒。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。2007年正論大賞。
著書は、
『隠された思考』(筑摩学芸文庫)(サントリー学芸賞)
『時間の身振り学』(筑摩書房)→神戸大学、早稲田大学(政経)で出題
『「アメリカニズム」の終焉』(中公文庫)(東畑記念賞)
『現代日本のリベラリズム』(講談社)(読売論壇賞)
『現代社会論』(講談社学術文庫)
『自由とは何か』(講談社現代新書)→立教大学、法政大学で出題
『反・幸福論』(新潮新書)→小樽商科大学で出題
『倫理としてのナショナリズム』(中公文庫)→関西大学で出題
『日本の宿命』(新潮新書)
『正義の偽装』(新潮新書)
『西田幾多郎・無私の思想と日本人』(新潮新書)
など多数。
(6)当ブログにおける「佐伯啓思」関連記事の紹介
(7)当ブログにおける「哲学」関連記事の紹
ーーーーーーーー
今回の記事は、これで終わりです。
次回の記事は、約1週間後に発表の予定です。
ご期待ください。
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