現代文最新傾向LABO 斎藤隆

入試現代文の最新傾向を分析し、次年度の傾向を予測する大胆企画

予想問題/「最後の一句」森 鷗外/早大国際教養学部過去問

(1)小説問題を得意分野にしよう

 

【1】なぜ、小説問題は不得意分野になりやすいのか?→問題点

 

 浪人生に敗因を聞くと、センター試験でも、難関大学入試でも、小説問題が敗因だったという声が多いことに驚きます。

 確かに、小説問題は、国語(現代文)の中でも特に解きにくい側面があります。

 

 主観的文章を客観的に読解・分析する作業は、日常的に慣れている精神的活動ではありません。

 しかし、この作業は、「設問に寄り添って考えること」、「筆者の立場に立ち、筆者の心情に寄り添えばよい」だけです。

 「この作業」に「慣れ」さえすれば、よいのです。

 ただ、この作業の手順マニュアルは、あまり普及していないようです。

 

 その理由として考えられるのは、大学受験の現場に蔓延中の「主体的な読み」という、受け狙いの、悪質な、キャッチコピーです。

 主体的に読むのは当然です。わざわざ言うことではない、無意味な言葉です。

 この「キャッチコピー」の受け手側の誤解が、「客観的読解軽視」、「設問軽視」の元凶でしょう。

 問題は、「主体的な読み」という受験界の神話から、いかに脱却するか、でしょう。

 

 ここで問題にしているのは、一部の、大衆受けを狙う指導者、解説書、組織がこの神話を大々的に掲げていることです。

 このキャッチコピーが、ある程度の支持を得ているということは、過度の「個性重視」・「アイデンティティ重視」という歪んだ世間の風潮が背景にあるのでしょうか。

 

 ともあれ、少し工夫することで、つまり、対策を意識することで、小説問題を得意分野にすることが、可能です。

 あきらめないことが肝心です! 

 

 入試本番では、平均点が5割前後になるように、基礎的・標準的問題を多くしているのです。

 その点で、受験生に親切な問題とも言えるのです。

 受験生の実力を信用していないとも言えますが。

 


【2】小説問題が不得意分野になりやすい理由と、その対策

 

①苦手意識→その対策

 

 小説問題に苦手意識を持っている受験生が多いようです。

 固い内容の小説自体に苦手意識を持っているのでしょう。

 日常的に固い内容の小説を敬遠していることと、高校の指導方法・教科書に問題があるようです。

 高校において、固い内容の小説の読解の時間が少なすぎるのではないでしょうか。

 対策としては、日頃から意識して、娯楽小説・エンターテイメント小説以外の小説を読むようにするとよいでしょう。


②解説書、指導者の問題点→その対策

 

 小説問題は、それほどハイレベルではありません。

 私は、問題は解説書と指導者にあるように感じています。

 つまり、不必要に複雑化して解説している解説書が、「小説問題は案外とハイレベル」「小説問題は悪問が多い」という風潮を助長している感じです。

 そして、自分で考えることをしないで、それを参考にしている指導者が、そのような風潮を助長しているように思います。

 受験生レベルでも、問題を熟読して自分で考えると、基礎的問題が多いことが分かるはずです。

 従って、複雑化の著しい解説に出会った時には、解説書を疑うことも必要だと思います。

 本番の小説問題で、無意味に複雑な設問は一度も出題されたことはないのですから。

 
③模擬問題・模擬試験問題の問題点→その対策

 

 小説問題の演習は過去問のみにするべきです。

 模擬問題はレベル・内容の点から、やらない方が賢明です。

 模試は時間内にやる訓練のみに有効です。

 自分にとって分かりにくい設問を飛ばす訓練のために。

 時間が余ったら、飛ばした問題をやり直してみるのです。

 模擬試験の小説問題の復習は、単語チェックくらいにしてください。

 丁寧な復習は時間の無駄です。

 

 過去問は直近から遡り、最近の傾向を知るとよいでしょう。

 最近は、見事に易化しているのです。

 特に、小説問題は、平易になっています。

 生徒のレベル低下に合わせて、一定の平均点を確保するためだと思われます。


 ちなみに、生徒のレベル低下は、小・中・高の国語の授業時間数の低下に関連しています。

 今の受験生は「ゆとり教育」・「総合学習」等という、基礎学科の授業時間を減少する、バカバカしい「教育実験」の犠牲者になっています。

 「教育の場」での「実験」は、生徒にとって迷惑でしか、ありません。

 生徒の親等は、積極的に反対の声を上げるべきでしょう。

 国民レベルの議論も必要でしょう。


 現代文問題、特に小説問題は、時間が壁になっています。

 しかし、論理的に効率的に処理すれば満点も可能なのです。

 あきらめないことが肝心です! 

 


 (2)小説問題解法のポイント・注意点

 

 小説問題は毎年、一定の割合で出題されます。

 特に、文学部では頻出です。

 また、難関国公立・私立大学の小論文の課題文として、出題されることもあります。

 

 小説問題については、「解法(対策)を意識しつつ、慣れること」が必要となります。

 本来、小説は、一文一文味わいつつ読むべきです。

 国語自体が本来は、そういうものです。

 が、これは入試では、時間の面でも、解法の方向でも、有害ですらあります。

 あくまで、設問(そして、選択肢)の要求に応じて、主観的文章を設問の要求に応じて、純客観的に分析しなくてはならないのです。

 小説を純客観的に分析すること。

 これ自体がパラドックスですが、入試問題の性質上、仕方がないのです。

 

 この点で、案外、読書好きの受験生が、この種の問題に弱いのです。

 ただ、読書好きの受験生は、語彙力があるので、あとは、問題対応力を養成すればよいのです。

 それほど心配する必要はありません。

 「入試問題の要求にいかに合わせていくか」という方法論を身に付けること、つまり、小説問題に、「正しく慣れる」ことで、得点力は劇的にアップするのです。

 そこで、次に、「小説問題の解法のポイント」をまとめておきます。

 

 
【1】5W1H(つまり、筋)の正確な把握

 

① 誰が(Who)     人物

 

② いつ(When)     

 

③ どこで(Where) 場所

 

④ なぜ(Why)   理由→これが重要

 

 理由の記述は、必ず傍線部の近くにあるので、心配する必要はありません。

 小説家としても、「ある行為・心理の理由」を説得力豊かに、リアリティを感じさせるように記述することは、腕の見せ所なのです。

 従って、「理由の記述」は、傍線部の近くにあるものなのです。

 このことは、覚えておくべきことです。

 

⑤ なにを(What)    事件

 

⑥ どうした(How) 行為

 

 上の①~⑥は、必ずしも、わかりやすい順序で書いてあるとは限りません。

 読む側で、一つ一つ確認していく必要があります。

 特に、④の「なぜ(理由)」は、入試の頻出ポイントなので、注意してチェックすることが大切です。

 

【2】人物の心理・性格をつかむ

 

① 登場人物の心理は、その行動・表情・発言に、にじみ出ているので、軽く読み流さないようにする。

② 情景描写は、登場人物の心情を暗示的・象徴的に提示している場合が多いということを、意識して読む。

③ 心理面に重点を置いて、登場人物相互間の人間関係を押さえていく。

④ 登場人物の心理を推理する問題が非常に多い。

 その場合には、受験生は自分をその人物の立場に置いて、インテリ的に(真面目に、さらに言えば、人生重視的に)、一般的に、考えていくようにする。

⑤ 心理は、時間とともに流動するので、心理的変化は丁寧に追うようにする。

⑥ 気持ちを表している部分に傍線を引く。

 登場人物の心情を記述している部分に、薄く傍線を引きながら本文を読むことが大切です。

 

 以上を元に、『最後の一句』(森 鷗外)(早大国際教養学部過去問)を題材にして、「いかに小説問題を解いていくか」を、以下で解説していきます。

 なお、森 鷗外は、入試頻出著者です。

 

 

教科書で読む名作 高瀬舟・最後の一句ほか (ちくま文庫)

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 (3)予想問題/『最後の一句』(森 鷗外)/早大国際教養学部過去問

 


(問) 2年前、逃亡した使用人の巻き添えで捕らえられた船乗り業桂屋の主人太郎兵衛の処刑が行われる2日前、太郎兵衛の長女のいち(16歳)は、自分ら子供たちを身代わりにした父の助命嘆願を思いつく。助命嘆願処を一晩かけて書き上げ、翌朝、母には内緒で、妹のまつ(14歳)、とく(8歳)、跡取り養子の長太郎(12歳)、弟初五郎(6歳)とともに、西町奉行に願い出る。願いは却下され、引き下げられるが、願書の文面のしっかりしていることに不審をおぼえた西町奉行の佐佐は、翌日、拷問の道具を揃え、改めて子供5名を取り調べることとする。その朝。いちの取り調べからはじまる次の文を読んで、あとの問いに答えよ。

 

 次に長女いちが調べられた。当年十六歳にしては、少し穉(おさな)く見える、痩肉(やせじし)の小娘である。しかしこれは些(ちと)の臆(おく)する気色もなしに、一部始終の陳述をした。およそ前日来経歴した事を問われるままに、はっきり答えた。

「それではまつの外には誰にも相談はいたさぬのじゃな」と、取調役(とりしらべやく)が問うた。

「誰にも申しません。長太郎にも精(くわ)しい事は申しません。お父っさんを助けて戴(いただ)く様に、お願いしに往(ゆ)くと申しただけでございます。お役所から帰りまして、年寄衆(としよりしゅう)のお目にかかりました時、わたくし共四人の命を差し上げて、父をお助け下さるように願うのだと申しましたら、長太郎が、それでは自分も命が差し上げたいと申して、とうとうわたくしに自分だけのお願書(ねがいしょ)を書かせて、持ってまいりました。」

 いちがこう申し立てると、長太郎が懷ろから書付(かきつ)けを出した。

 取調役の指図で、同心が一人長太郎の手から書付けを受け取って、縁側に出した。

 取調役はそれを披(ひら)いて、いちの願書と引き比べた。いちの願書は町年寄(まちどしより)の手から、取り調べの始まる前に、出させてあったのである。

 長太郎の願書には、自分も姉や弟妹と一緒に、父の身代わりになって死にたいと、前の願書と同じ手跡で書いてあった。

 取調役は「まつ」と呼びかけた。しかしまつは呼ばれたのに気が付かなかった。いちが「お呼びになったのだよ」と言った時、まつは始めておそるおそる項垂(うなだ)れていた頭(こうべ)を挙(あ)げて、縁側の上の役人を見た。

〔 a 〕」と、取調役が問うた。

 まつは「はい」と言って頷(うなず)いた。

 次に取調役は「長太郎」と呼び掛けた。

 長太郎はすぐに「はい」と言った。

〔 b 〕

「みんな死にますのに、わたしが一人生きていたくはありません」と、長太郎ははっきり答えた。

「とく」と取調役が呼んだ。とくは姉や兄が順序に呼ばれたので、こん度は自分が呼ばれたのだと気が付いた。そして只(ただ)目を睜(みは)って役人の顔を仰ぎ見た。 

〔 c 〕

 とくは黙って顔を見ているうちに、唇に血色がなくなって、目に涙が一ぱい溜まってきた。

「初五郎」と取調役が呼んだ。

 ようよう六歳になる末子の初五郎は、これも黙って役人の顔を見たが、「〔 d 〕」と問われて、活発にかぶりを振った。書院の人々は覚えず、それを見て微笑(ほほえ)んだ。

 この時佐佐が書院の敷居際(しきいぎわ)まで進み出て、「いち」と呼んだ。

「はい。」

「お前の申し立てには嘘はあるまいな。もし少しでも申した事に間違いがあって、人に教えられたり、相談をしたりしたのなら、今すぐに申せ。隠して申さぬと、そこに並べてある道具で、誠の事を申すまで責めさせるぞ。」佐佐は責道具のある方角を指さした。

 いちはさされた方角を一目見て、少しもたゆたわずに、「いえ、申した事に間違いはございません」と言い放った。その目は冷ややかで、そのことばは徐(しず)かであった。

「そんなら今一つお前に聞くが、身代わりをお聞き届けになると、お前たちはすぐに殺されるぞよ。父の顔を見ることは出来ぬが、それでも好いか。」

「よろしゅうございます」と、同じような、冷ややかな調子で答えたが、少し間を置いて、 1  何か心に浮かんだらしく、「お上の事には間違いはございますまいから」と言い足した。

 佐佐の顔には、不意打ちに逢ったような、驚愕(きょうがく)の色が見えたが、それはすぐに消えて、険しくなった目が、いちの面(おもて)に注がれた。〔 e 〕とでも言おうか。しかし佐佐は何も言わなかった。

 次いで佐佐は何やら取調役にささやいたが、間もなく取調役が町年寄に、「御用が済んだから、引き取れ」と言い渡した。

 白州(しらす)を下がる子供等を見送って佐佐は太田と稲垣とに向いて、「生先(おいさき)の恐ろしいものでござりますな」と言った。心の中には、哀(あわ)れな孝行娘の影も残らず、人に教唆(きょうさ)せられた、おろかな子供の影も残らず、只氷のように冷ややかに、刃(やいば)のように鋭い、いちの最後の言葉の最後の一句が反響しているのである。元文頃の徳川家の役人は、固(もと)より「マルチリウム」という洋語も知らず、又当時の辞書には献身という訳語もなかったので、人間の精神に、老若男女の別なく 2  罪人太郎兵衛の娘に現われたような作用があることを、知らなかったのは無理もない。しかし献身の中に潜む〔 f 〕の鋒(ほこさき)は、いちと語(ことば)を交えた佐佐のみではなく、書院にいた役人一同の胸をも刺した。

 

(出典)『最後の一句』森 鷗外

 

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(設問)

問1 空欄 a~d には、それぞれ次の取調役の問いかけのうちの一つが入る。最適なものを次の中から選べ。

 

ア お前も死んでもいいのか

イ お前は姉と一緒に死にたいのだな

ウ お前はどうじゃ、死ぬるのか

エ お前は書付に書いてあるとおりに、兄弟一緒に死にたいのじゃな

 

問2 傍線部 1 「何か心に浮かんだ」とあるが、その内容として最適なものを次の中から選べ。

 

ア 近いうちに特赦が行われるという噂を思い出し、それを守ってもらいたいという気持ちが頭をもたげた。

イ そもそも父への罪科が使用人の罪に巻き添えになったもので、死罪は不当だという気持ちが頭をよぎった。

ウ 死んだ後のことを、お上に確認をとっておいたほうが安心だという気持ちが頭をもたげた。

エ ことによれば自分たちの死後、お上が約束を守らないのではないかという不安が頭をよぎった。

オ もうすでに父は殺害されているのでは、という不安が頭をよぎった。

 

問3 空欄 e に入る最適な語句を次の中から選べ。

 

ア 驚愕にみちた好奇の目

イ 憎悪を帯びた驚異の目

ウ 慈愛を漂わせた畏敬の目

エ 驚異に染まった懐疑の目

オ 疑念を帯びた不審の目

 

問4 傍線部 2 「罪人太郎兵衛の娘に現われたような作用」とあるが、その内容を示す語として最適なものを次の中から選べ。

 

ア 博愛  イ人権意識  ウ 平等  エ 孝行  オ 自己犠牲

 

問5 空欄 f に入る最適な語を次の中から選べ。

 

ア 反抗   イ 自恃(じじ)   ウ 悲哀   エ 逆説   オ 革命

 

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(解説・解答)

 

【 小説問題の具体的解法 】 

【1】本文熟読の前に、先に、本文以外の、本文のリード文・設問・本文の「注」などをチェックして設問の全体像を把握する。

 小説問題を効率的に解くための1つ目のコツは、本文を読む前に本文以下の、本文のリード文・設問・本文の「注」に目を通すことです。

 すぐにこれらに目を通し、「何を問われているか」を押さえてください。

 「設問で問われていること」を意識しつつ、本文を読むことで、時間を短縮化することができます。

→今回の問題は、空欄補充問題が半分以上です。

 従って、本文の精読が必要不可欠です。

 
【2】消去法を、うまく使う

 小説問題の選択肢は、明白な傷のある選択肢が多いので、消去法を駆使していくことで、効率的に処理することが可能です。

 
 【3】空欄補充問題、傍線部説明問題については、空欄補充問題、傍線部が含まれている文にも、注目す

→今回の問題でも、同じです。

 このことは、案外と盲点になっているようです。

 

 

問1(空欄補充問題)

 a ~ d の選択肢の微妙な差異に留意してください。

 その差異が解答のポイントになっています。

 

a 最初は長女いちが調べられています。

  次に、「取調役は『まつ』 (→次女)と呼びかけた」のですから、「お前は姉と一緒に死にたいのだな」(イ)が入ります。

 

b  空欄直後に注目してください。

「『みんな死にますのに、わたしが一人生きていたくはありません』と、長太郎ははっきり答えた。」

より、「お前は書付に書いてあるとおりに、兄弟一緒に死にたいのじゃな」(エ)が入ります。

 

c  空欄の直前・直後の、

「  次に取調役は『長太郎』と呼び掛けた。

 長太郎はすぐに『はい』と言った。

〔 b 〕

みんな死にますのに、わたしが一人生きていたくはありません』と、長太郎ははっきり答えた。」

を受けて、「お前も死んでもいいのか」(ア)が入ります。

 

d  残った「お前はどうじゃ、死ぬるのか」(ウ)が入ります。

  前後の文脈とも整合しています。

 

(解答) a=イ  b=エ  c=ア  d=ウ

 

問2(傍線部説明問題) 

 傍線部 1 「何か心に浮かんだ」の直前の、

『そんなら今一つお前に聞くが、身代わりをお聞き届けになると、お前たちはすぐに殺されるぞよ。父の顔を見ることは出来ぬが、それでも好いか。』

『よろしゅうございます』と、同じような、冷ややかな調子で答えたが、少し間を置いて」と、

傍線部直後の、

『お上の事には間違いはございますまいから』と言い足した。

に注目してください。

 

「お上の事には間違いはございますまいから」には、「皮肉」と「反抗」が含まれています。

 

 このことは、本文最終部分の、

 「白州(しらす)を下がる子供等を見送って佐佐は太田と稲垣とに向いて、『生先(おいさき)の恐ろしいものでござりますな』と言った。心の中には、哀(あわ)れな孝行娘の影も残らず、人に教唆(きょうさ)せられた、おろかな子供の影も残らず、只氷のように冷ややかに、刃(やいば)のように鋭い、いちの最後の言葉の最後の一句が反響しているのである。元文頃の徳川家の役人は、固(もと)より「マルチリウム」という洋語も知らず、又当時の辞書には献身という訳語もなかったので、人間の精神に、老若男女の別なく 2 罪人太郎兵衛の娘に現われたような作用があることを、知らなかったのは無理もない。しかし献身の中に潜む〔 f 〕の鋒(ほこさき)は、いちと語(ことば)を交えた佐佐のみではなく、書院にいた役人一同の胸をも刺した。」

からも明らかです。


 「お上の事には間違いはございますまいから」は、「お上のことは絶対」という発想が常識だった時代の、「いち」が言える最大限の皮肉です。


 なぜ、このような皮肉を言ったのでしょうか?

 本来、父は「逃亡した使用人の巻き添えで捕らえられた」のです。

 はたして、父は死罪に値する罪を犯したのか?

 丁寧な吟味をしたのか?

 

 この点は、大いに疑問です。

 しかし、当時では、この疑問を晴らす手段はありません。

 たとえ、いい加減な判断でも、その判断は絶対なのです。

 それゆえに、この最後の一句に、いちは自分の覚悟をこめるしかなかったのでしょう。

 彼女の内面では、自分たちの「死」は確定しています。

 ただ、心配な事は取調役たちが、この覚悟と引き換えになっている約束(父の助命)を遂行してくれるか、という点です。

 この点を冷徹に確認しているのです。

 

(解答) イ

 

問3(空欄補充問題)

 空欄直前の

 「佐佐の顔には、不意打ちに逢ったような、驚愕(きょうがく)の色が見えたが、それはすぐに消えて、険しくなった目が、いちの面(おもて)に注がれた

に着目してください。

 イの「憎悪」がポイントになります。


(解答) イ

 

問4(傍線部説明問題)

 傍線部を含む

「元文頃の徳川家の役人は、固(もと)より『マルチリウム』という洋語も知らず、又当時の辞書には献身という訳語もなかったので、人間の精神に、老若男女の別なく 2 罪人太郎兵衛の娘に現われたような作用 があることを、知らなかったのは無理もない。しかし献身の中に潜む〔 f 〕の鋒(ほこさき)」

の文脈に注意してください。

 傍線部は、「献身」の言い換えになっているのです。


(解答) オ


問5(空欄補充問題)

  まず、空欄を含む一文

「献身の中に潜む f 〕の鋒(ほこさき)は、いちと語(ことば)を交えた佐佐のみではなく、書院にいた役人一同の胸をも刺した」に注目する必要があります。


 次に、傍線部 1 を含む部分、

「『よろしゅうございます』と、同じような、冷ややかな調子で答えたが、少し間を置いて、 1 何か心に浮かんだ らしく、『お上の事には間違いはございますまいから』と言い足した。

 佐佐の顔には、不意打ちに逢ったような、驚愕(きょうがく)の色が見えたが、それはすぐに消えて、険しくなった目が、いちの面(おもて)に注がれた〔 e=憎悪を帯びた驚異の目 〕とでも言おうか。しかし佐佐は何も言わなかった。」

に注目するとよいでしょう。


(解答) ア

 

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この小説の結末は以下のようになっています。

 

「  城代(じょうだい)も両奉行もいちを「変な小娘だ」と感じて、その感じには物でも憑(つ)いているのではないかという迷信さえ加わったので、孝女に対する同情は薄かったが、当時の行政司法の、元始的な機関が自然に活動して、いちの願意は期せずして貫徹した。桂屋太郎兵衛の刑の執行は、「江戸へ伺中(うかがいちゅう)日延(ひのべ)」ということになった。これは取り調べのあった翌日、十一月二十五日に町年寄(まちどしより)に達せられた。次いで元文四年三月二日に、「京都において大嘗会(だいじょうえ)御執行相成り候(そろ)てより日限(にちげん)も相立たざる儀につき、太郎兵衛事、死罪御赦免仰せいだされ、大阪北、南組、天満(てんま)の三口御構(くちおかまい)の上追放」ということになった。桂屋の家族は、再び西奉行所に呼び出されて、父に別れを告げることができた。大嘗会というのは、貞享(じょうきょう)四年に東山天皇の盛儀があってから、桂屋太郎兵衛の事を書いた高札(こうさつ)の立った元文三年十一月二十三日の直前、同じ月の十九日に五十一年目に、桜町天皇が挙行したもうまで、中絶していたのである。

 

 

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 今回の記事は、これで終わりです。

 次回の記事は、約1週間後に発表の予定です。

 ご期待ください。

 

 

  

 

 

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