現代文最新傾向LABO 斎藤隆

入試現代文の最新傾向を分析し、次年度の傾向を予測する大胆企画

小説問題の純客観的・論理的解法ー(予想問題)太宰治『富嶽百景』

(1)小説問題を得意分野にしよう。

 センター試験でも、難関大学入試でも、小説・エッセイ(随筆)問題が国語(現代文)における敗因だったという受験生が多いようです。

 確かに、小説問題、エッセイ・随筆問題は、国語(現代文)という科目の中でも、特に解きにくい側面が、あります。

 しかし、少し工夫することで、つまり、対策を意識することで、小説問題、エッセイ・随筆問題を、得意分野にすることが、可能です。

 あきらめないことが、肝心です! 

 

(2)小説問題解法のポイント・注意点

 小説・エッセイ(随筆)問題の入試出題率は、相変わらず高く、毎年約1割です。

 まず、センター試験の国語では、毎年、出題されます。

 次に、難関国公立私立大学では、頻出です。

 東大・京都大・大阪大(文)・一橋大・東北大・広島大・筑波大・岡山大・長崎大・熊本大等の国公立大、早稲田大(政経)(文)(商)(教育)(国際教養)(文化構想)、上智大、立命館大、学習院大、マーチ(明治大・青山学院大・立教大・中央大・法政大)(特に文学部)、女子大の現代文では、特に頻出です。

 また、難関国公立私立大学の小論文の課題文として、出題されることもあります。

 

 小説・エッセイ問題については、「解法(対策)を意識しつつ、慣れること」が必要となります。

 本来、小説やエッセイは、一文一文味わいつつ読むべきです。(国語自体が本来は、そういうものです。)

 が、これは入試では、時間の面でも、解法の方向でも、有害ですらあります。

 あくまで、設問(そして、選択肢)の要求に応じて、主観的文章を(設問の要求に応じて)純客観的に分析しなくてはならないのです。(国語を純客観的に分析? これ自体がパラドックスですが、ここでは、この問題には踏み込みません。日本の大学入試制度の問題点です。)

 この点で、案外、読書好きの受験生が、この種の問題に弱いのです。(読書好きの受験生は、語彙力があるので、あとは、問題対応力を養成すればよいのです。)

 

 しかし、それほど心配する必要はありません。

 「入試問題の要求にいかに合わせていくか」という方法論を身に付けること、つまり、小説・エッセイ問題に、正しく慣れる」ことで、得点力は劇的にアップするのです。

 そこで、次に、小説・エッセイ問題の解法のポイントをまとめておきます。

 

5W1H(つまり筋)の正解な把握

① 誰が(Who)     人物

② いつ(When)      時

③ どこで(Where) 場所

④ なぜ(Why)   理由→これが重要

⑤ なにを(What)    事件

⑥ どうした(How) 行為

 

 上の①~⑥は、必ずしも、わかりやすい順序で書いてあるとは限りません。

 読む側で、一つ一つ確認していく必要があります。

 特に、④の「なぜ(理由)」は、入試の頻出ポイントなので、注意してチェックすることが大切です。

 

人物の心理・性格をつかむ

 

① 登場人物の心理は、その行動・表情・発言に、にじみ出ているので、軽く読み流さないようにする。

 

② 情景描写は、登場人物の心情を暗示的・象徴的に提示している場合が多いということを、意識して読む。

 

③ 心理面に重点を置いて、登場人物相互間の人間関係を押さえていく。

 

④ 登場人物の心理を推理する問題が非常に多い。その場合には、受験生は自分をその人物の立場に置いて、インテリ的に(まじめに→さらに言えば、人生重視的に)、一般的に、考えていくようにする。

 

⑤ 心理は、時間とともに流動するので、心理的変化は丁寧に追うようにする。

 

 以上を元に、いかに小説問題を解いていくか、を以下で解説していきます。

 

(3)『富嶽百景』・予想問題

次の文章を読んで、後の問題に答えよ。

 そのころ、私の結婚の話も、一(a)頓挫のかたちであった。私のふるさとからは、全然、助力が来ないということが、はっきり判ってきたので、私は困ってしまった。せめて百円くらいは、助力してもらえるだろうと、虫のいい、ひとりぎめをして、それでもって、ささやかでも、厳粛な結婚式を挙げ、あとの、世帯を持つにあたっての費用は、私の仕事でかせいで、しようと思っていた。けれども、二、三の手紙の往復に依り、うちから助力は、全く無いということが明らかになって、私は途方にくれていたのである。このうえは、縁談ことわられても仕方が無い、と覚悟をきめ、とにかく先方へ、事の次第を洗いざらい言ってみよう、と私は単身、峠を下り、甲府の娘さんのお家へお伺いした。[   b   ]娘さんも、家にいた。私は客間に通され、娘さんと母堂の二人を前にして、(c) 悉皆の事情を告白した。ときどき(d) ときどき演説口調になって、閉口した。けれども、割に素直に語りつくしたように思われた。娘さんは、落ち着いて、

「それで、おうちでは、反対なのでございましょうか。」と、首をかしげて私にたずねた。

「いいえ、反対というのではなく、」 (e) 私は右の手のひらを、そっと卓の上に押し当て、「おまへひとりで、やれ、という工合いらしく思われます。」

「結構でございます。」母堂は、品よく笑いながら、「私たちも、ごらんのとおりお金持ちではございませぬし、ごとごとしい式などは、かえって当惑するようなもので、ただ、あなたおひとり、愛情と、職業に対する熱意さえ、お持ちならば、それで私たち、結構でございます。」

私は、( f ) お辞儀するのも忘れて、しばらく呆然と庭を眺めていた眼の熱いのを意識した。この母に、孝行しようと思った。

かえりに、娘さんは、バスの発着所まで送って来て呉れた。歩きながら、

「どうです。もう少し交際してみますか?」 きざなことを言ったものである。

「いいえ、もう、たくさん。」 娘さんは、笑っていた。

「なにか質問ありませんか?」 ( g ) いよいよ、ばかである。

(太宰治『富嶽百景』)

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

問1 傍線部 a、c の語句の意味を書け。また、ほぼ同義の言葉を同じ段落内から見いだし、書け。

問2 [ b ]に入るのは、主人公の気持ちに照らして、次のうち、どの語が最適か。

ア 折悪しく  イ さいわい

ウ たまたま  エ ちょうど

問3 傍線部 d の主人公の心理にもっともふさわしい説明は、次のうちどれか。

ア 事態の説明に窮して、ついつい一本調子の演説口調になり、当惑した。

イ 縁談が不調になるかと心配のあまり、ときどき演説口調になり、困惑してしまった。

ウ ことの次第を何とかわかってもらおうという熱意のあまり、時に演説口調になり、われながらあきれ果てた。

エ 自分の陥った窮状を、何とか相手に伝えようとして気持ちが高ぶり、ときどき演説口調になり、あきれてしまった。

問4 傍線部 e の主人公のしぐさは、主人公のどういう心理の反映か。最適なものを選べ。

ア 言いよどんでためらう様子。

イ 思いきって発言しようとする様子。

ウ なんとか事のつじつまを合わせようと躊躇する様子。

エ 相手の思惑を推し測りかねている様子。

問5 傍線部fは、主人公のどういう心理状態を表すか。50字以内で説明せよ。  

問6 傍線部 g は、何に対して「いよいよ」といったものか。30字以内で説明せよ。 (二松学舎大学出題の問題を一部修正)

解答

問1 a→勢いがくじけ、弱まること (同義の言葉)→途方にくれて

→すべて残らず (同義の言葉)→洗いざらい

問2 イ 問3 ウ 問4 

問5 縁談を断られることも覚悟していたのに、暖かく信頼を寄せた母親の言葉に深く感動している状態。(48字)

問6 きざで状況に合わない発言を重ねる自分自身に対して。(25字)

解説

問1 (a)は「とんざ」と読む。(b)は「しっかい」と読む。

問2 一つ前の文で、「このうえは、縁談ことわられても仕方ない、と覚悟をきめ」ていたのだから、「娘」がいたことが、「私」にとって好都合であったはずです。従って、イの「さいわい」を入れます。

問3 「主人公の心理」が問う問題。本設問のような、心理を聞かれている問題では、必ず本文の記述を根拠にして考えましょう。入試においては、小説問題は、純客観的に、厳密に読む必要があります。選抜試験という性格上、客観性重視は、仕方ないのです。

 本問では、傍線部直後の「閉口した」がポイント。「閉口する」とは、「すっかり困ること」という意味。相手にわかってもらおうという熱意を、あまりに前面に出してしまったため、「ときどき演説口調になって」、自分でもすっかり困ってしまったのである。

 アは、「事態の説明に窮して」の部分が、傍線部の次の文の「割に素直に語りつくしたように思われた」に反して、不適当です。

 イは、「縁談が不調になるかと心配のあまり」の部分が不適当です。「不調になるか心配」というような暗い気持ちは、「覚悟をきめ」の時点から堂々とした気持ちに変わっています。

 ウとエが、共に候補になり、どちらを選ぶかは微妙です。傍線部の三文前の「事の次第を洗いざらい言ってみよう」に注目すると、ウの前半は、これを正解に引用しています。エの「自分の陥った窮状」は「事の次第を洗いざらい」と比較すると、マイナスイメージが強すぎて、ウと比べて正解から遠い。従って、ウが正解です。

問4 この問題も、「主人公の心理」がポイント。この問題は問3に関連。傍線部の「そっと」に冷静さが、「押し当て」に熱意が出ています。そして、直後の発言に注目すると、イの「思いきって発言しようとする様子」が最適。エは「そっと」「押し当て」に反しています。

問5 「主人公の心理状態」を説明する問題。傍線部の「呆然」が、どのような心理を意味しているのかを考えていきます。直後の「眼の熱いのを意識した。この母に、孝行しようと思った」に着目すると、そこには「感動」があります。「感動」の原因は、傍線部の前にある相手の母親の言葉です。この二点を中心にまとめます。

問6 この問題は、「状況」と「主人公の心理」を聞いています。 「何に対して」を、しっかり押さえて考えるようにします。この場合は「自分自身のせりふ」に対してです。

「いよいよ」は「いっそう」の意味で、状況の添加の副詞です。添加の前提となるのは、前の「『どうです。もう少し交際してみますか?』きざなことを言ってみたものである」の部分です。「なにか質問はありませんか?」で、さらにその場にふさわしくない、きざなことを言って奇妙な状況を作り出してしまったのです。

 答案としては、「何に対して」と「いよいよ」の二要素を入れて下さい。

 

『富岳嶽百景気』のあらすじ 

『富嶽百景』は、師の井伏鱒二の仲介で、高等女学校教諭石原美知子と見合いをし、結婚する前後のことを書いた作品です。従来の絶望的な作風(『道化の華』『晩年』)とは異なっています。富士山の様々な姿を通して、健康的に話は展開します。本文は、その一部です。

【 本文のあらすじ 

すすんでいた結婚話も、郷里からの金銭的援助が全くないことがわかり、私は途方にくれた。縁談を断られても仕方ないと覚悟をきめて、甲府の先方の家へ行った。事情を洗いざらい話したところ、相手もわかってくれ、今後の展開に期待がもてた。

出題状況

太宰治は、ほぼ毎年、出題されています。『津軽』『列車』『富嶽百景』からの出題が多いです。2002年度には、センター試験で『故郷』が出題されました。また、最近では、早稲田大(国際教養)で『ヴィヨンの妻』が出題されています。その他に、広島大(「たずねびと」)、香川大、宮崎大等でも出題されています。

本問は、『富嶽百景』からの出題ですが、最近では法政大で、この小説から出題されています。

著者紹介

太宰治(1909~1948)小説家。青森県生まれ。東大仏文科中退。屈折した罪悪意識・道化が、彼の文学の特色です。戦後は、デカダンスの文学として、新戯作(げさく)派・無頼(ぶらい)派と称せられました。主な作品に、前述の他に、『道化の華』『桜桃』『女生徒』『パンドラの匣』『グッド・バイ』『キリギリス』『正義と微笑』『新ハムレット』『右大臣実朝』『走れメロス』『人間失格』『晩年』などがあります。

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 以上の問題・解答・解説・あらすじ・出題状況・著者紹介は、私の問題集『頻出・私大の現代文』(開拓社)の[25]を、加筆修正したものです。

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