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現代文最新傾向LABO 斎藤隆

入試現代文の最新傾向を分析し、次年度の傾向を予測する大胆企画

予想問題・『文系学部解体』室井尚・『日本の反知性主義』(2)

(1)予想問題・第4章「大学が崩壊する」

 

 前回の記事は、『文系学部解体』の全体の概要と解説を書きました。

 今回の記事から、このブログを読む方は、前回の記事も参照してください。

 その方が、この記事のより深い理解につながると思います。

 以下に、前回の記事のリンク画像を貼っておきます。

 

 

 リンクできます↓

 

 本書には、現代文・小論文の予想問題として興味深い箇所が多くあります。

 以下、最重要と思われる箇所を紹介していきます。

 

 最も注目したのは、第4章「大学が崩壊する」の冒頭の『溶解する大学』以下の論考です。

 以下に概要・解説を書いていきます。

 

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(2)「大学が崩壊する」の概要・解説①ー「隙間」「ノイズ」としての大学の重要性

 

概要①

 2005年に、日本記号学会の大会「〈大学〉はどこへ行くのか?」が、開催されました。

 国立大学法人化の次の年です。

 この時の討議の記録が『溶解する「大学」』として、慶應義塾大学出版会から公刊されています。

 

 

 

 この大会でのシンポジウム「大学の未来ー新たな改革モデルを求めて」で、司会を務めた吉岡洋氏が、次のようなことを述べています。

 

 「効率化・数値化に基づく評価でガチガチに固めてしまうのではなくて、大学とは、もう少しユルい、ある種の〈隙間〉のようなものでなくては、ならないのではないのか?」

 

 同じように、内田樹氏は、「自分の大学が世間から切り離された『秘密の花園』のような場所であり、そのゆえにこそ、世間の価値観や常識とは違った価値について教えることができる」と述べ、「ノイズこそが知を生み出す」と主張しています。

 

……………………………

 

〈斎藤隆による解説①〉

 

 私は、この場面で、吉岡洋氏が「隙間」に、内田樹氏が「ノイズ」に、それぞれに価値を認めている点が、とても興味深いと思います。

 

 「隙間」と「ノイズ」は、それぞれ少々難解ですが、重要な入試キーワードです。

 そこで、ここで、「隙間」と「ノイズ」について、補足説明をしようと思います。

 

「隙間」

 「隙間」とは、「透き間」と書くこともあります。

 

 「隙間」の意味は、一般的には、空間的・時間的に空いた、ほんの小さな部分を、さします。

 

 しかし、入試現代文・小論文の場面では、心理学・哲学・社会学等の論考が出題されるために、「余裕」「ゆとり」「自由時間」「分類不能なもの」「一見、そうとは見えないが、案外と価値のあるもの」と、多様な意味を持つものとして、扱われています。

 

 最近では、慶應大学の小論文試験で「すき間について論じなさい」という一行問題が出題されたこともありました。

 この問題の場合も、「隙間」の一般的な意味を述べた後に、以上のような多様な意味を論じる必要があります。

 

 ②「ノイズ」

 「ノイズ」とは、一般的には、「雑音」「騒音」という意味を持つ、マイナスニュアンスを含むだけのものに過ぎません。

 

 しかし、入試現代文・小論文の場面では、それだけの意味では終わりません。

 入試現代文・小論文では、現代的な哲学の論考が出題されるからです。 

 現代的な哲学の世界では、「ノイズ」の見直し・再評価が進んでいます。

 つまり、「創造の源泉」や「存在の根源」ともいえる「カオス」「無秩序」としての「ノイズ」に、高い価値を付与する見解も有力なのです。

 

 このように考えると、吉岡氏、内田氏、室井氏が、「隙間」「ノイズ」という、一見、無価値なものの見直し・再評価から、「大学の存在価値」を再考する姿勢が、とても興味深いのです。

 「文系的知」も、一見、つまり、短期的視点から見ると、いかにも価値の低いものです。

 しかし、「隙間」や「ノイズ」と同じように、本質的・根源的・哲学的に、長期的視点で、考察してみると、「文系的知」には、奥深く、重要な価値があるのではないでしょうか。

 

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(3)「大学が崩壊する」の概要・解説②ー固定観念・常識等からの解放の場としての大学

 

概要②】 

 

 さらに、室井氏は、『溶解する「大学」』から、内田氏の発言を引用しています。

 以下の通りです。

 

 「学生はコンテンツだけではなく教師の声や表情やテンションも聞いています。こうしたノイズの部分にこそ大切な情報が含まれていると思います。そのことが数値化においては見逃されている。人間がある空間に、ある時間、同時に身を浸すことによって形成される何とも言葉にし難いものがあります。こうした、隠れた要素こそが大学教育を支えていると私は思います」

 

 この記述の直後で、室井氏は、吉岡氏と内田氏の発言を、次のように、まとめています。

 

 「要するに、両氏が言いたいことは、自由な学びの〈場〉としての大学が崩壊しつつあるというようなことであると思う。

 私は大学とは、20歳前後のこれからの社会を担う若い世代が4年間を過ごすきわめて貴重な学びの〈場〉であると思っている。それまで文科省が決めた科目や単元を、つめ込まれてきた『生徒』たちが、初めて自分の意志で世界を解釈し、生き方を模索し、学ぶことを選ぶ(もしくは不幸にして何も学ばないことを決める)場所が大学ではないかと思うのだ。

 その意味で大学には、自分がそれがそれまで信じ込んできたような固定的な世界観をリセットさせ、世界を解釈するための遠近法が壊れるような経験が含まれていなければならない。」

 

………………………

 

 〈斎藤隆による解説②〉

 

 ここでは、室井氏は、「常識・固定観念・偏見・先入観等、自己を拘束するものからの解放の場」としての「大学の価値」を主張しています。

 

 「常識・固定観念・偏見・先入観等、自己を拘束するもの」からの「解放」は、個人・組織・社会の真の充実・発展に必要不可欠です。

 

 「自由意志による行為」とは、人間の行為が外的拘束・影響を受けないで、自分自身の自覚的意図により行われる場合をさすのです。

 

 さらには、「真の自由」こそは、「創造力の根源」や「真理探究の基礎」でも、あります。

 これらの「創造力」、「真理探究」こそ人類の発展に不可欠なのです。

 

 このように考えると、「自由な学びの〈場〉」としての「大学」の崩壊は、個人・社会・人類の「危機」に直結するのです

 

 大学が「自由な学びの〈場〉」としての役割を維持しなければ、人類の、日本の、個人の、「充実・発展」は望めないのではないでしょうか。

 

 このことについて、国家、社会は、あまり意識していないように思います。

 

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(4)「大学が崩壊する」の概要・解説③ー大学は「人材」を育成する場ではない

 

 【概要③】

 「だから、文科省の行っている『グローバル社会の中で活躍できるビジネスマン』や『地域社会の問題解決ができる社会人』や『世界水準での高い研究成果を出すことのできる研究者』という決まりきった目的に奉仕する『人材』(「材料」としての「人間」)を育成するというだけだったら、そもそも大学などは要らない。」

 

……………………

 

 〈斎藤隆による解説③〉

 

 最近は、一般的に、平然と「人材」という表現を使います。

 しかし、室井氏の言うように、「人材」とは、「人間」を「材料としての人間」(組織にとっての歯車)とみる、実に、冷徹な、人間性を軽視した表現だと思います。

 

 「人間性尊重」が現代文明の旗印なのに、なぜ、マスコミや国家は、このような無神経な表現を、さも、「グローバル化」のシンボルのように得意げに使うのでしょうか。

 私には、その感性が理解できません。

 

 いや、学生自身が、自分を「有用な人材」にすることを目標にしている例は、いくらでもあります。

 生きていくためには、ある程度、「自分」を「社会」に合わせる必要があることは当然です。

 けれども、自分の人間性を喪失させて、自分を「材料としての人間」にする必要は、ないのではないでしょうか。

 生きていくために、「反知性主義的」人間になることは、ないのです。

 

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 (5)「大学が崩壊する」の概要・解説④ー自分の頭で何も考えないような「人材育成」に反対

 

 【概要④

 

 「教養教育やリベラルアーツ教育(当ブログによる注→「リベラルアーツ」=人間性を豊かに育成する幅広い知識、物事の専門的追求の土台となる基礎的学問の総体。日本語では、一般的に『教養』と訳される)が大切だというのは、さまざまな考え方を学ぶことで、自分がそれまで自由に考えていなかったこと、さまざまなイデオロギーや因襲に縛られていたということに対する『自覚』や『気づき』を与えてくれるから大切なのである。

 その意味で、大学は『隙間』を作らなくてはならないし、『ノイズ』を提供しなくてはならないのではないのだろうか?」

 

  「吉岡氏は、ただ単に国が押しつけた政策やプログラムに服従するだけの、自分の頭で何も考えないような『人材育成』だけを重視する大学改革に反対しているのである。」 

 

……………………

 

 〈斎藤隆による解説④〉

 

 ここで衝撃的なことは、室井氏が「ただ単に国が押しつけた政策やプログラムに服従するだけの、自分の頭で何も考えないような」という絶望的な表現を使用している点です。

 「自分の頭で何も考えない」とは、まるで、ロボット以下です。

 

 しかし、現在の一般的常識では、えてして「ただ単に国が押しつけた政策やプログラムに服従するだけの、自分の頭で何も考えない」という種類の「人間」は「優等生」と評価されることが多いのです。

 

 「国が押しつけた政策やプログラム」を教育、環境政策、健康管理、と置き換えてみると、よいでしょう。

 ましてや、企業にとっては、このような「人材」こそ理想的なのでしょう。

 

  このように考えてみると、現在進行中の「大学改革」については、室井氏、吉岡氏、内田氏の言うように、疑問を感じない訳にはいかないのです。

 

……………………

 

 以上、室井氏の論考の概要を意味段落毎に記述し、それぞれについて、私の解説を書いていきました。

 室井氏の論考の全文を、じっくり読みたい方は、ぜひ、『文系学部解体』を購入してください。

 特に、受験生は、自分の進路を考えるためにも、本書を熟読するとよいと思います。

 新書なので、値段も手ごろです。

 

……………………

 

 『文系学部解体』には、大学入試現代文・小論文の予想問題として価値の高い箇所が、まだあります。

 それについては、入試直前期に発表してみたいと思っています。

 

 

 

 

 「知性」「教養」の重視・再評価・見直しの点で、『文系学部解体』と『日本の反知性主義』は同一の問題意識です。 

 『日本の反知性主義』も、ぜひ読んでください。来年度も、現代文・小論文の頻出出典図書になる可能性が大です。下にAmazon のリンクがありますので、ご覧になってみてください。

 

 

 

 

 

 

 

(来年度の頻出出典図書になりそうな『文系学部解体』については、Amazon のブック・レビューにも、多数の参考になる感想が発表されています。ぜひ一度、ご覧になってみてください。 )

   

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