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現代文最新傾向LABO 斎藤隆

入試現代文の最新傾向を分析し、次年度の傾向を予測する大胆企画

2016年センター国語第1問解説『キャラ化する/される子どもたち』

(1)土井隆義氏の著書の出題状況(第1回の記事がテーマ・論点的中)

 2016年センター試験国語第1問(現代文・評論文)に、最近の流行論点・テーマである「自己」「アイデンティティー」(「若者論」・「日本人論」・「日本文化論」・「現代文明論」・「現代文明批判」・「コミュニケーション論」)が、出題されました。

 

 また、この問題は、「IT化社会」のテーマ・論点です。

 このブログの第1回記事(「開設の言葉ー入試現代文の最新傾向ー重要な、気付きにくい2本の柱」)において記述した、「入試現代文の最新傾向」、つまり、「IT化社会の光と影と闇」が、出題されました。

 テーマ・論点が的中しました。

 この記事については、下の画像からリンクできます。

  

 

 著者は、最近、注目されている気鋭の社会学者、土井隆義氏です。土井氏の著作は、過去に、以下の大学で出題されています。

2005慶応大(文)(小論文)『「個性」を煽られる子どもたち』

2009北海道大(後期・法)(小論文)『「優しい関係」に窒息する子どもたち』       

 2015信州大(教育)(現代文)『友だち地獄ー「空気を読む」世代のサバイバル』

 このように、小論文を含めた、入試現代文・小論文の世界では、注目すべき著者でした。

 (なお、小論文対策としては、入試現代文の最新傾向を把握することが不可欠です。逆に、センター試験を含めた現代文対策としても、入試小論文の最新傾向を把握することが不可欠なのです。なぜなら、入試現代文と入試小論文とは、論点・テーマが、かなり重なっているからです。このことは、案外、小論文対策・現代文対策の盲点になっています。気を付けてください。特に、難関国公立大・慶應大の小論文は、難関国公立私立大の現代文と、毎年、見事に論点・テーマが重なっています。)

 

 そして、今年、2016年に、センター試験に『キャラする/された子どもたちー排除型社会における新たな人間像』(岩波ブックレット)から出題されたわけです。

 この本は2009年に発行され、社会的にも注目されました。値段は600円程度と手頃であり、受験生にも分かりやすいように丁寧に論理展開が、なされているので、センター試験前に読まれた受験生もいることでしょう。

 

(2)土井隆義氏の著書の、キーワード

 土井氏は、上記の一連の著書において、

「『個性』を過剰に指向する現代社会の病理」

「人生は素質により、全て決定されると信じ込む若者」(一種の、新しい宿命主義)

「優しい関係」(摩擦・衝突を神経質に回避する傾向)

「『社会性』を喪失した子どもたち」

「『異質』の『排除』」

「子どもたちの過剰な承認願望」

「排除される不安を回避するためのスマホ依存」

「友だち関係を維持するためのイジメ」

という視点から、「現代の子どもたちの世界」を、鋭く、説得力豊かに分析しています。

 

 (3)2016年センター試験国語第1問(現代文・評論文)(『キャラ化する/される子どもたち』土井隆義)の解説

 2016年センター試験では、『キャラ化する/される子どもたち』の中の、「価値観が多元化」し、「複雑化した現代の人間関係」の中で、「関係」の破綻を回避しようとする、「若者の『細心の注意』」についての記述の部分が出題されました。

 

 他者を傷つけない「優しい関係」を維持するためには、「一貫したアイデンティティー」ではリスクがあると、現代の日本の「若者」は考えています。

 そこで、「コミュニケーション」成立のための一つの「技法」として、「内キャラ」(生まれもった人格特性を示すもの)と、「外キャラ」(対人関係に応じて意図的に演じられるもの)を状況に応じて使い分け、他者との「共生」を目指そうとしているのです。

 「キャラ」は、「人間関係を構築するジグソーパズルのピースのようなもの」と、著者は述べています。

 そして、著者は、このような若者の行動を、「他者に対する誠実な態度」として、一定の評価をしています。

 

 (4)2015年信州大(教育)国語(現代文)(『友だち地獄ー「空気を読む」世代のサバイバル』土井隆義)の解説

 土井氏の文章は、これからも出題される可能性があるので、2015年信州大(教育)(国語(現代文))に出題された『友だち地獄ー「空気を読む」世代のサバイバル』についても解説します。

 

 出題された文章の中で、特に気になったのは、 

「現代の若者たちは、自らのふるまいや態度に対して、言葉で根拠を与えることに、さしたる意義を見出だしにくくなっている」

の部分です。

 そして、土井氏は、現代の若者たちは言葉以前の「内発的な衝動や生理的な感覚」こそが純粋な「自分の根源」であると感じている、と続けています。

 

 「言葉」を尊重しないということは、単に「自己の言語能力」に限界を感じているだけかもしれません。

 しかし、「言葉」を尊重しないということは、「論理性」「客観性」「社会性」を尊重しないということに、つながります。

 人間を言語活動から定義する「ホモロクエンス」という言葉が、あります。「話す人」という意味です。

 人間が動物ではなく、ほかならぬ人間であるのは、言語活動をするからだ、とする人間観です。

 この人間観は、一般的に承認されている人間観です。

 

 もし、言葉を尊重しない若者が社会の多数派を占めるようであれば、この人間観も修正を迫られることになると思われます。

 これは、かなり重大な問題を孕んでいるのでは、ないでしょうか。

 もし、そのような状況になったとしたら、「コミュニケーション」は、どのような形態になるのでしょうか。

 予想も、つきません。

 

 この問題については、入試現代文(国語)・小論文においても、重要な論点・テーマになっていくものと思われるのです。 

 

     

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