現代文最新傾向LABO 斎藤隆

入試現代文の最新傾向を分析し、次年度の傾向を予測する大胆企画

2018センター国語第2問(小説)解説/小説の純客観的解法

(1)はじめに


 息子の死、悲しみ、妻と夫の暗い対立、夫の死、孤独な妻、思い出、見たことがないのに眼前に出現した高校時代の夫の幻影、センチメンタルな結末、人生の鮮烈な一場面。
 2018センター試験小説は、題材(井上荒野)も設問もオーソドックスな良問だと思います。
 「キュウリいろいろ」は、2000センター試験の『鼠』(堀辰雄)に似た風合いの、センチメンタルな、読むべき小説です。

 

 なお、今回の項目は以下の通りです。

(2)「センター小説」解法/はじめに/「センター小説」をめぐる問題点を指摘する

(3)小説問題を得意分野にしよう→なぜ、小説問題は不得意分野になりやすいのか?→問題点と対策

(4)小説問題解法のポイント・注意点

(5)センター試験・小説問題の解法のポイント・コツ

(6)2018センター試験国語第2問(小説)「キュウリいろいろ」(『キャベツ炒めに捧ぐ』所収)解説/問題本文概要・設問・解説・解答

(7)井上荒野氏の紹介

(8)当ブログの「小説解法」関連記事の紹介

 

 

(2)「センター小説」解法/はじめに/「センター小説」をめぐる問題点を指摘する

 

 以下の(2)~(5)は、「センター小説満点のコツ・ポイント/解説・小説の純客観的解法」からの引用です。

 

gensairyu.hatenablog.com

 


 浪人生に敗因を聞くと、センター試験でも、難関大学入試でも、小説問題が敗因だったという声が多いことに驚きます。

 確かに、小説問題は、国語(現代文)の中でも特に解きにくい側面があります。

 

 主観的文章を客観的に読解・分析する作業は、日常的に慣れている精神的活動ではありません。

 しかし、この作業は、「設問に寄り添って考えること」、「筆者の立場に立ち、筆者の心情に寄り添えばよい」だけです。

 「この作業」に「慣れ」さえすれば、よいのです。

 ただ、この作業の手順マニュアルは、あまり普及していないようです。

 その理由として考えられるのは、大学受験の現場に蔓延中の「主体的な読み」という、受け狙いのキャッチコピーです。

 主体的に読むのは当然です。わざわざ言うことではない、無意味な言葉です。このキャッチコピーの誤解が「客観的読解軽視」、「設問軽視」の元凶でしょう。

 問題は、「主体的な読み」という受験界の神話から、いかに脱却するか、でしょう。

 

 ここで問題にしているのは、一部の、大衆受けを狙う指導者、解説書、組織がこの神話を大々的に掲げていることです。

 このキャッチコピーが、ある程度の支持を得ているということは、過度の「個性重視」・「アイデンティティ重視」という歪んだ世間の風潮が背景にあるのでしょうか。

 

 話題を元に戻します。

 ともあれ、少し工夫することで、つまり、対策を意識することで、小説問題を得意分野にすることが、可能です。

 あきらめないことが肝心です! 

 

 センター本番では、平均点が5~6割になるように、基礎的・標準的問題を多くしているのです。

 その点で、受験生に親切な問題とも言えるのです。

 受験生の実力を信用していないとも言えますが。

 

(3)小説問題を得意分野にしよう→なぜ、小説問題は不得意分野になりやすいのか?→問題点と対策

 

①苦手意識、その対策

 センター小説に苦手意識を持っている受験生が多いようです。固い内容の小説自体に苦手意識を持っているのでしょう。

 日常的に固い内容の小説を敬遠していることと、高校の指導方法・教科書に問題があるようです。

 高校において、固い内容の小説の読解の時間が少なすぎるのではないでしょうか。

 対策としては、日頃から意識して、娯楽小説・エンターテイメント小説以外の小説を読むようにするとよいでしょう。

 

②解説書、指導者の問題点、その対策

 センター小説は、それほどハイレベルではありません。

 私は、問題は解法書と指導者にあるように感じています。

 つまり、不必要に複雑化して解説している解説書が、「小説問題は案外とハイレベル」「小説問題は悪問が多い」という風潮を助長している感じです。

 そして、自分で考えることをしないで、それを参考にしている指導者が、そのような風潮を助長しているように思います。

 受験生レベルでも、問題を熟読して自分で考えると、基礎的問題が多いことが分かるはずです。

 従って、複雑化の著しい解説に出会った時には、解説書を疑うことも必要だと思います。

 センターの本番の小説問題で、無意味に複雑な設問は一度も出題されたことはないのですから。

 
③模擬問題・模擬試験問題の問題点、その対策

 センター演習は過去問のみにするべきです。模擬問題はレベル・内容の点から、やらない方が賢明です。

 模試は時間内にやる訓練のみに有効です。自分にとって分かりにくい設問を飛ばす訓練のために。

 時間が余ったら、飛ばした問題をやり直してみるとよいでしょう。

 模擬試験の小説問題の復習は、単語チェックくらいにしてください。丁寧な復習は時間の無駄です。

 

 センター過去問は直近から遡り、最近の傾向を知るとよいでしょう。最近は、見事に易化しているのです。特に、小説問題は、平易になっています。

 生徒のレベル低下に合わせて、一定の平均点を確保するためだと思われます。

 ちなみに、生徒のレベル低下は、小・中・高の国語の授業時間数の低下に関連しています。今の受験生は「ゆとり教育」・「総合学習」等という、基礎学科の授業時間を減少する「教育実験」の犠牲者になっています。

 「教育の場」での「実験」は、生徒にとって迷惑でしか、ありません。生徒の親等は、積極的に反対の声を上げるべきでしょう。国民レベルの議論も必要でしょう。

 センター現代文 は時間が壁になっています。

 しかし、論理的に効率的に処理すれば満点も可能なのです。

 あきらめないことが肝心です! 

 

 (4)小説問題解法のポイント・注意点

 

 センター試験の国語では毎年出題されます。

 難関国公立・私立大学では頻出です。

 また、難関国公立・私立大学の小論文の課題文として、出題されることもあります。

 

 小説問題については、「解法(対策)を意識しつつ、慣れること」が必要となります。

 本来、小説は、一文一文味わいつつ読むべきです。国語自体が本来は、そういうものです。

 が、これは入試では、時間の面でも、解法の方向でも、有害ですらあります。

 あくまで、設問(そして、選択肢)の要求に応じて、主観的文章を設問の要求に応じて、純客観的に分析しなくてはならないのです。(国語を純客観的に分析? これ自体がパラドックスですが、ここでは、この問題には踏み込みません。日本の大学入試制度の問題点です。)

 

 この点で、案外、読書好きの受験生が、この種の問題に弱いのです。

 ただ、読書好きの受験生は、語彙力があるので、あとは、問題対応力を養成すればよいのです。

 それほど心配する必要はありません。

 「入試問題の要求にいかに合わせていくか」という方法論を身に付けること、つまり、小説問題に、「正しく慣れる」ことで、得点力は劇的にアップするのです。

 そこで、次に、「小説問題の解法のポイント」をまとめておきます。

 
【1】5W1H(つまり、筋)の正確な把握

 

① 誰が(Who)     人物

 

② いつ(When)      時

 

③ どこで(Where) 場所

 

④ なぜ(Why)   理由→これが重要

(→必ず、理由の記述は傍線部の近くにあるので、心配する必要はありません。小説家としても、「ある行為・心理の理由」を説得力豊かに、リアリティを感じさせるように記述することは、腕の見せ所なのです。従って、「理由の記述」は、傍線部の近くにあるものなのです。このことは、覚えておくべきことです。)

 

⑤ なにを(What)    事件

 

⑥ どうした(How) 行為

 

 上の①~⑥は、必ずしも、わかりやすい順序で書いてあるとは限りません。

 読む側で、一つ一つ確認していく必要があります。

 

 特に、④の「なぜ(理由)」は、入試の頻出ポイントなので、注意してチェックすることが大切です。

 

【2】人物の心理・性格をつかむ

 

① 登場人物の心理は、その行動・表情・発言に、にじみ出ているので、軽く読み流さないようにする。

② 情景描写は、登場人物の心情を暗示的・象徴的に提示している場合が多いということを、意識して読む。

③ 心理面に重点を置いて、登場人物相互間の人間関係を押さえていく。

④ 登場人物の心理を推理する問題が非常に多い。その場合には、受験生は自分をその人物の立場に置いて、インテリ的に(真面目に、さらに言えば、人生重視的に)、一般的に、考えていくようにする

⑤ 心理は、時間とともに流動するので、心理的変化は丁寧に追うようにする。

⑥ 気持ちを表している部分に傍線を引く。登場人物の心情を記述している部分に、薄く傍線を引きながら本文を読むことが大切です。

 

  以上を元に、「いかに小説問題を解いていくか」を以下で解説していきます。

 

 

(5)センター試験・小説問題の解法のポイント・コツ

 

【1】本文熟読の前に、先に、本文以外の、本文のリード文・設問・本文の「注」などをチェックして設問の全体像を把握する。

 

 センター試験の小説問題の本文は、難関大学の小説問題以上の長文の場合が多いのです。

 そこで、センター試験小説問題を効率的に解くための1つ目のコツは、本文を読む前に本文以下の、本文のリード文・設問(特に、設問文)・本文の「注」に目を通すことです。

 すぐにこれらに目を通し、「何を問われているか」を押さえてください。

 「設問で問われていること」を意識しつつ、本文を読むことで、時間を短縮化することができます。

 

【2】消去法を、うまく使う

 

 センター試験の小説問題の選択肢は、最近は、少々、長文化しています。

 しかし、明白な傷のある選択肢が多いので、消去法を駆使していくことで、効率的に処理することが可能です。

 この点については、上記のリンク画像のほかに、下のリンク画像も参考にしてください。

 

gensairyu.hatenablog.com

 

 【3】傍線部説明問題については、傍線部自体に注目する

 

 このことは、案外と盲点になっているようです。

 

キャベツ炒めに捧ぐ (ハルキ文庫 い 19-1)

 

(6)2018センター試験国語第2問(小説)「キュウリいろいろ」(『キャベツ炒めに捧ぐ』所収)解説/問題本文概要・設問・解説・解答

 

 

①問2(本文概要・設問・解説・解答)

 

「次の文章は、井上荒野の小説「キュウリいろいろ」の一節である。郁子は三十五年前に息子を亡くし、以来夫婦ふたり暮らしだったが、昨年夫が亡くなった。以下は、郁子がはじめてひとりでお盆を迎える場面から始まる。これを読んで、後の問いに答えよ。」


(本文概要)

 郁子はキュウリで二人を迎える馬を作る。息子(草)が亡くなってから、三十五年間、ずっとそうしてきた。

 足の速い馬は仏様がこちらへ来るときに、足の遅い牛は仏様が向こうへ戻る時にのっていただくのだという。

 息子(草)が亡くなってから、三十五年間、ずっとそうしてきた。

 馬に乗って帰ってきてほしかったし、一緒に連れていってほしかった。あるとき、それを夫に打ち明けてしまったことがある。君はほんとにそういうことを熱心にやるねと、からかう口調で言われて、腹が立ったのだ。あの子と一緒に乗っていけるように、立派な馬を作っているのよ。言った瞬間に後悔したが、遅かった。夫は何も言い返さなかった。ただ、暗い、寂しい顔になった。

 後悔はしたのだ、いつも。だが、憎まれ口が飛び出す。そういうことが幾度もあった。一度だけ、夫から「別れようか」と言われたことがあった。

 別れようか。俺と一緒にいることが、そんなにつらいのなら・・・・。

 いやよ。郁子は即座に答えた。

 あなたは逃げるつもりなのね? そんなの許さない。わたしは絶対に別れない。

 息子の死、息子の記憶に、一人でなんかとうてい耐えきれるはずがない。だから、昨年、夫が亡くなった時には怒りがあった。とうとう逃げたのね、と感じた。怒りは悲しみよりも大きいようで、どうしていいかわからなかった。

 キュウリの馬を二人分作った郁子は、息子の写真を見、それから夫の写真を見た。帰りの牛がないけれど、べつに帰らなくたっていい、と思う。馬に乗ってきて、 そのままずっとわたしのそばにいればいい。A  写真の俊介が苦笑したように見えた。郁子は、俊介(夫)の高校の同級生からの依頼により、名簿に載せる夫の写真を整理している。亡くなる前の夫のスナップ、その愉しげな表情が、自分と喋っている時だと教えられ嘘だわと思い、本当かしらとも思った。

ーーーーーーーー

 

(設問・解説・解答)

問2 傍線部A「写真の俊介が苦笑したように見えた」 とあるが、そのように郁子に見えたのはなぜか。その理由として最も適当なものを一つ選べ。

①キュウリで馬を作る自分に共感しなかった夫を今も憎らしく思っているが、そんな自分のことを、夫は嫌な気持ちを抑えて許してくれるだろうと想像しているから。

② 自分が憎まれ口を利いても、たいていはただ黙り込むだけだったことに、夫は後ろめたさを感じながら今も笑って聞き流そうとしているだろうと想像しているから。

③ かつては息子の元へ行きたいと言い、今は息子も夫も自分のそばにいてほしいと言う、身勝手な自分のことを、夫はあきれつつ受け入れて笑ってくれるだろうと想像しているから。

④ 亡くなった息子だけではなく夫の分までキュウリで馬を作っている自分のことを、以前からからかったときと同じように、夫は今も皮肉交じりに笑っているだろうと想像しているから。

⑤ ゆったりとした表情を浮かべた夫の写真を見て、夫に甘え続けていたことに今さら気づいた自分の頼りなさを、夫は困ったように笑っているだろうと想像しているから。


ーーーーーーーー

 

(解説・解答)

問2(傍線部説明問題・理由説明問題) 

 今回の問題は、「前書き」で説明されている状況を把握してから、熟読を開始する必要があります。

 傍線部 A は前段落の記述を受ける形となっています。
 仏様がこちらに来る時に乗るキュウリの馬を、息子と夫に一頭ずつ作った一方で、戻る時に乗る牛を作らなかったことについて、「べつに帰らなくたっていい」「そのままずっとわたしのそばにいればいい」と思った自分の心情。

 こうした話の流れのあとに傍線部Aがきています。
 写真の俊介が苦笑したように見えた理由が問われているわけですが、「そのように郁子に見えた理由」が問われていることに注意してください。

 郁子の心情は、直前の「馬に乗ってきて、 そのままずっとわたしのそばにいればいい」に直接的に表現されています。これを夫が生きていて聞けば 、またいつものようにからかうだろうが、亡くなっている夫は写真の中で「苦笑」したように見えたのです。

 つまり、郁子は、非現実的な「わがままなお願い」をする自分のことを、夫はあきれつつも笑って許してくれるだろう、という思いで写真を見たということです。

 こうした説明になっているのは③です。
 正解の③は、「かつては息子の元へ行きたいと言い、 今は息子も夫も自分のそばにいてほしい」と言う「身勝手さ」が、本文に記述されています。
 後半の「夫はあきれつつ受け入れて笑ってくれるだろう」という説明は、「苦笑したように見えた」という郁子の心情として適しています。
 これが正解です。

①は、「夫を今も憎らしく思っている」が本文に書かれていません。

②は、「夫は後ろめたさを感じながら」が本文から読み取れません。

④は、少々紛らわしいです。しかし、「夫は今も皮肉交じりに笑っているだろう」とする根拠は、ありません。「苦笑」という表現にも沿っていません。

⑤は、「夫に甘え続けていたことに今さら気づいた自分」という部分が誤りです。郁子はこのように自分自身を認識していません。

(解答)③

 

 ーーーーーーーー

 

②問3(本文概要・設問・解説・解答)

(本文概要)

 35行目より場面が転換。郁子が、電車で実家近くの駅に向かう場面です。 

 リュックを背負った中高年の一団に押し込まれるように車内の奥に移動すると、B  少し離れた場所に座っていた若い女性がぱっと立ち上がり、わざわざ郁子を呼びに来て、席を譲ってくれた。どうもありがとう。面食らいながらお礼を言って、ありがたく腰を下ろした。

 その女性は、男性と二人連れで、恋人同士か、夫婦になったばかりの二人のようだ。

 三十数年前、ちょうど今の女性くらいの年の頃、同じ電車に乗って同じ場所を目指していたことがあった。あのときも郁子は席を譲られたのだった。譲ったのは年配の男性だった。その男性の妻が郁子の隣に座ったので、その前に俊介とその男性が立つ。何ヶ月くらいですか? と男性の妻が郁子に訊(たず)ね、四ヶ月ですと郁子は答えた。よくおわかりになりましたね、と俊介が単純に不思議がっている口調で言った。郁子のお腹(なか)はまだほとんど目立たない頃だったから。経験者ですから、と男性の妻は笑い、奥さんじゃなくてご主人の様子を見ていればわかります、と男性が笑ったのだった。


ーーーーーーーー


(設問)

問3 傍線部B「少し離れた場所に座っていた若い女性がぱっと立ち上がり わざわざ郁子を呼びに来て、席を譲ってくれた」とあるが、この出来事をきっかけにした郁子の心の動きはどのようなものか。その説明として最も適当なものを一つ選べ。


① 三十数年前にも年配の夫婦が席を譲ってくれたことを思い起こし、他人にもわかるほど妊娠中の妻を気遣っていた夫とその気遣いを受けていたあの頃の自分に思いをはせている。

② 席を譲ってくれた年配の夫婦と気兼ねなく話した出来事を回想し、いま席を譲ってくれた女性が気を遣わせまいとわざわざ離れた場所に移動したことに感謝しつつも、物足りなく思っている。

③ まだ席を譲られる年齢でもないと思っていたのに譲られたことに戸惑いを感じつつ、以前同じように席を譲ってくれた年配の男性の優しさを思い起こし、若くて頼りなかった夫のことを懐かしんでいる。

④ 席を譲ってくれた女性と同じくらいの年齢のときにも、同じくらいの時間帯に同じ場所を目指して、夫と電車に乗っていて席を譲られたことを思い出し、その不思議な巡り合わせを新鮮に感じている。

⑤ 若い女性が自分に席を譲ってくれた配慮が思いもかけないことだったので、いささか慌てるとともに、同じようなことが夫と同行していた三十数年前にもあったのを思い出し、時の流れを実感している。


ーーーーーーーー


(解説・解答)
問3(傍線部説明問題)

  B 少し離れた場所に座っていた若い女性がぱっと立ち上がり わざわざ郁子を呼びに来て、席を譲ってくれた。

「この出来事をきっかけにした郁子の心の動き」が問われているので、傍線部B直後の内容を押さえていきます。

 42~47行目に書かれている、「三十数年前の同じような出来事の回想」を正確に把握できればよいでしょう。

①は、「三十数年前にも年配の夫婦が席を譲ってくれたことを思い起こし」の部分は本文に合致しています。次に、「他人にもわかるほど妊娠中の妻を気遣っていた夫」も正しいです。

①は過去への回想を的確に表現しているため正解です。
 
なお、「他人にもわかるほど」は「気遣っていた夫」を修飾しています。これは「奥さんじゃなくてご主人の様子を見ていればわかります」といった男性の言動から明白です。

②は、最後の「物足りなく思っている」が、本文に記述がなく、誤りです。

③は、「若くて頼りなかった夫のことを懐かしんでいる」が誤りです。夫は妊娠した郁子を気遣っていたので、「若くて頼りなかった」という説明は不適切です。

④は、「不思議な巡り合わせを新鮮に感じている」という部分が誤りです。ここでの中心は、夫と自分の関係を回想することです。

⑤は、 「時の流れ実感している」が誤りです。ここでは「時の流れ」を実感することは、郁子の心情の中心ではありません。

(解答) ①

 

ーーーーーーーー

 

③問4(本文概要・設問・解説・解答)

 

(本文概要)

 電車に乗ったのは、同級生から、高校の名簿用に夫の写真をかりたいと依頼を受け、夫の写真を、夫の同級生に届けるためだった。
 持参した写真は、結婚したばかりの若い頃のから、亡くなった年のものまでに渡っている。
 照れくさそうに微笑み、いかにも愉しげに笑ったり、熱心に何かを注視してる写真。こんなに幸福そうな俊介の写真が、これほどたくさんあるなんて。しかも、草が死んだ後も撮られている。
 たしかに、草が亡くなってしばらくは二人とも家に閉じこもり、写真とは無縁だった。それでも、いつしか外出し、笑うようにもなっていったのだ。植物が伸びるように人間は生きていく以上は笑おうとするものだ。
 そのことをあらためて写真の中にたしかめると、それはやはり強い驚きになった。郁子自身も笑って、俊介と微笑み合ってすらいる。C  郁子はまるで見知らぬ誰かを見るようにそれらを眺め、それが紛れもない自分と夫であることを何度もたしかめた。

 

ーーーーーーーー

 

(設問)
問4 傍線部C「郁子はまるで見知らぬ誰かを見るようにそれらを眺め、それが紛れもない自分と夫であることを何度でもたしかめた。」とあるが、その時の郁子の心情はどのようなものか。 その説明として最も適当なものを、一つ選べ。

① 息子を亡くした後、二人は悲しみに押しつぶされ、つらい生活を送ってきた。しかし、写真の二人からはそのような心の葛藤は少しも見いだすことができず、そこにはどこかの幸せな夫婦が写っているとしか思われなかった。

② 息子を亡くした悲しみに耐えて明るく振舞っていた夫から、距離をとりつつ自分は生きてきたと思っていた。しかし、案外自分も同様に振る舞い、夫に同調していたことを、写真の中に写った自分たちの姿から思い知った。

③ 息子の死後も明るさを失わない夫に不満といらだちを抱いていたが、そんな自分も時には夫のたくましさに助けられ、夫とともに明るく生きていた。写真に写った自分たちのそのような様子は容易には受け入れがたく思われた。

④ 息子の死にとらわれ、悲しみのうちに閉じこもるようにして夫と生きてきたと思っていたが、自分も夫も知らず知らず幸福に向かって生きようとしていた。写真に写るそんな自分たちの笑顔は思いがけないものだった。

⑤ 息子の死に打ちのめされた二人は、ともに深い悲しみに閉ざされた生活を送ってきた。互いに傷つけ合った記憶があざやかであるだけに、写真に残されていた幸福そうな姿が自分たちのものとは信じることができなかった。


ーーーーーーーー


(解説・解答)

問4(傍線部説明問題)

 この問題は、傍線部を含む段落が理解できていれば、解けます。特に、「植物が伸びるように」以下の詩的な比喩の理解を問うているのでしょう。


 郁子の見ている写真に関しての説明は56行目から始まります。
 「十数枚の写真」を見ながら、郁子は「強い驚き」を感じました。
 「草が亡くなってしばらくは二人とも家に閉じこもり、写真とは無縁だったこと」(64行目)と、
「写真に写っている、いかにも幸福そうな夫・俊介の顔や郁子自身の笑顔」(67・68行目)、
という二つの間の大きな落差に「強い驚き」を感じているのです。

 このために、その写真に写っている「自分と夫の姿」は、「まるで見知らぬ誰か」であるように感じられたわけです。

 このことを説明している④が正解になります。

 まず、前半は問題は、ありません。
 次に、「自分も夫も知らず知らず幸福に向かって生きようとしていた」は、本文の「植物が伸びるように人間は生きていく以上は笑おうとするものだ」と同趣旨です。

 

①は、後半の「そこにはどこかの幸せな夫婦が写っているとしか思われなかった」が誤りです。傍線部Cにあるように、郁子は、写真は自分たち夫婦であることを確認しています。

②は、「案外自分も同様に振る舞い、夫に同調していた」が誤りです。本文にこのような記述はありません。

③は、「時には夫のたくましさに助けられ」が本文に根拠がなく、誤りです。

⑤は、「互いに傷つけ合った記憶があざやかであるだけに」が本文に根拠がなく、誤りです。
(解答) ④

ーーーーーーーー

 

④問5(本文概要・設問・解説・解答)

 

(本文概要)

 夫の実家に近い駅で、夫の元同級生に待ち合わせ。白髪の上品そうな男性・石井さんは自転車で来ていて、二人乗りさせてくれる。

 行き先は俊介の故郷、同級生の石井さんが自転車に乗せて案内する。

 郁子がこの町に来たのは一度だけだった。その時も、駅から俊介の実家へ行く以外の道は通らなかった。それでも、自転車で行き過ぎる風景のところどころに懐かしさや既視感を覚えて郁子ははっと目を見開いた。

 十分も走らないうちに学校に着いた。

 しばらく外から眺めてから、正門から正面の校舎まで続くケヤキ並木を通り、裏門へ出た。守衛さんに話せば校内の見学もできると、石井さんは言ったが、D  その必要はありませんと郁子は答えた。何かを探しに来たわけではなかったし、もしそうだとしても、もうそれを見つけたような感覚があった。

 かつて俊介から聞いていた、その高校時代の話。

 頭の中に思い描いていた男子校の風景が、眼前にあらわれたのだという気がした。
それが、長い間、夫を憎んだり責めたりしている間も、自分の中に保存されていたことに郁子は呆然とした。呆然としながら、詰め襟の学生服を着た十六歳の俊介が、ハードルを跳ぶ女子学生たちを横目に見ながら校庭を横切っていく幻を眺めた。

 

ーーーーーーーー


(設問)
問5 傍線部D「その必要はありませんと郁子は答えた」とあるが、このように答えたのはなぜか。その説明として最も適当なものを、一つ選べ。

①夫の実家のある町並みを経て、彼が通った高校まで来てみると、校内を見るまでもなく若々しい夫の姿がありありと見えてきた。今まで夫を憎んでいると思い込んでいたが、その幻のあまりのあざやかさから、夫をいとおしむ心の強さをあらためて確認することができたから。

② 自分の心が過去に向けられ、たった一度来たきりで忘れたものと思っていた目の前の風景にも懐かしさや既視感を覚えるほどだった。高校時代から亡くなるまでの夫の姿が今や生き生きとよみがえり、大切なことは記憶の中にあるのだと認識することができたから。

③ 夫が若い頃過ごした町並みや高校を訪ねるうちに、いさかいの多かった暮らしの中でも、夫のなにげない思いや記憶を受け止め、夫の若々しい姿が自分の中に刻まれていたことに気がついた。そのような自分たち夫婦の時間の積み重なりを実感することができたから。

④ 長年夫を憎んだり責めたりしていたが、夫が若い日々を過ごした町並みを確認してゆくうちに、ようやく許す心境に達し、夫への理解も深まった。目の前にあらわれた若い夫の姿に、夫への感謝の念と、自分の新しい人生の始まりを予感することができたから。

⑤ 長く苦しめながら頼りにもしてきた夫が、学生服姿の少年として眼前にあらわれ、今は彼のことをいたわってあげたいという穏やかな心境になった。自分と夫は重苦しい夫婦生活からようやく解放されたのだということを、若き夫の幻によって確信することができたから。

ーーーーーーーー


(解説・解答)

問5(傍線部説明問題・理由説明問題)

 まず傍線部の確認をします。
 「その必要」の指示対象は「校内見学の必要性」です。
 次に、「その必要がない理由」は「何か探しに来たとしても、もうそれを見つけたような感覚があったから」と言う趣旨の記述が本文にはあります。
 そして、本文の最終部分には「夫を憎んだり責めたりしている間も、頭の中に思い描いていた俊介の高校時代の風景が自分の中に保存されていたことに郁子は呆然とした」と記述されています。

 このような本文の記述から、郁子の心情をどのように考えるかが問題になっています。

 

 さらに、消去法も併用して、解いていきます。

①は、最後の「夫をいとおしむ心の強さをあらためて確認することができた」の部分が誤りです。郁子は、夫に対して単純に「いとおしむ心の強さ」だけを持って生きてきては、いません。息子の死に遭遇して、夫に腹を立てたり、また夫の死に怒りを覚えたりしながら、心に葛藤を抱えながら生きてきたのです。

② 「高校時代から亡くなるまでの夫の姿がよみがえった」わけでは、ありません。また、「大切なことは記憶の中にあるのだと認識することができた」も誤りです。郁子は、過去の回想や記憶に頼って生きようとしているわけではありません。

③が正解です。問題のない説明になっています。特に、「夫の若々しい姿が自分の中に刻まれていたことに気がついた」と、後半の「そのような自分たち夫婦の時間の積み重なりを実感することができた」の部分が本文の104~109行目の記述と一致しています。

④は、「ようやく許す心境に達し」、「自分の新しい人生の始まりを予感することができた」は、本文にこのような記述がなく、誤りです。

⑤ 「自分と夫は重苦しい夫婦生活からようやく解放された」という部分が本文にこのような記述がなく、誤りです。誤りです。

(解答) ③

 

 (7)井上荒野氏の紹介

 

井上 荒野(いのうえ あれの、1961年2月4日)は、日本の小説家。東京都出身。小説家井上光晴の長女に生まれる。成蹊大学文学部卒業。1989年、「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞。2004年、『潤一』で第11回島清恋愛文学賞、2008年、『切羽へ』で第139回直木賞受賞。2011年、『そこへ行くな』で第6回中央公論文芸賞受賞。2016年、『赤へ』で柴田錬三郎賞受賞。


【著書】

『潤一』(2003年 マガジンハウス/のち新潮文庫)

『しかたのない水』(2005年 新潮社/のち文庫)

『誰よりも美しい妻』(2005年 マガジンハウス/のち新潮文庫)

『夜を着る』(2008年 文藝春秋/のち文庫)

『切羽へ』(2008年 新潮社/のち文庫)

『雉猫心中』(2009年 マガジンハウス/のち 新潮文庫)

『もう二度と食べたくないあまいもの』(2010年 祥伝社/のち文庫)

『そこへ行くな』(2011年 集英社/のち文庫)

『キャベツ炒めに捧ぐ』(2011年 角川春樹事務所/のちハルキ文庫)

『それを愛とまちがえるから』(2013年 中央公論新社/のち文庫)

『あなたにだけわかること』(2013年 講談社)

『悪い恋人』(2014年 朝日新聞出版)

『リストランテアモーレ』(2015年 角川春樹事務所/のち文庫)

『ママがやった = MAMA KILLED HIM』(文藝春秋 2016年)

『赤へ』(祥伝社 2016年)

 

 

切羽へ (新潮文庫)

 

 

(8)当ブログの「小説解法」関連記事の紹介

 

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ーーーーーーーー

 

 今回の記事は、これで終わりです。

 次回の記事は、約1週間後に発表の予定です。

 ご期待ください。

 

   

 

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キャベツ炒めに捧ぐ (ハルキ文庫 い 19-1)

キャベツ炒めに捧ぐ (ハルキ文庫 い 19-1)

 

 

切羽へ (新潮文庫)

切羽へ (新潮文庫)

 

 

赤へ

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頻出難関私大の現代文 (αプラス入試突破)

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5週間入試突破問題集頻出私大の現代文―30日間スーパーゼミ (アルファプラス)

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