現代文最新傾向LABO 斎藤隆

入試現代文の最新傾向を分析し、次年度の傾向を予測する大胆企画

2008センター試験国語第2問(小説)解説『彼岸過迄』夏目漱石

(1)センター試験国語第2問・小説問題対策→純客観的・論理的解法ー2008『彼岸過迄』夏目漱石 

 

彼岸過迄 (新潮文庫)

 

 

 

 

 

  

①小説問題を得意分野にしよう

 

 センター試験でも、難関大学入試でも、小説・エッセイ(随筆)問題が国語(現代文)における敗因だったという受験生が多いようです。

 確かに、小説問題、エッセイ・随筆問題は、国語(現代文)という科目の中でも特に解きにくい側面があります。

 しかし、少し工夫することで、つまり、対策を意識することで、小説問題、エッセイ(随筆)問題を得意分野にすることが、可能です。

 あきらめないことが肝心です! 

 

 ②小説問題解法のポイント・注意点

 

 小説・エッセイ(随筆)問題の入試出題率は、相変わらず高く、毎年約1割です。

 まず、センター試験の国語では毎年出題されます。

 次に、難関国公立私立大学では頻出です。

 東大・京都大・大阪大(文)・一橋大・東北大・広島大・筑波大・岡山大・長崎大・熊本大等の国公立大、早稲田大(政経)(文)(商)(教育)(国際教養)(文化構想)、上智大、立命館大、学習院大、マーチ(明治大・青山学院大・立教大・中央大・法政大)(特に文学部)、女子大の現代文では、特に頻出です。

 また、難関国公立私立大学の小論文の課題文として、出題されることもあります。

 

 小説・エッセイ問題については、「解法(対策)を意識しつつ、慣れること」が必要となります。

 本来、小説やエッセイは、一文一文味わいつつ読むべきです。(国語自体が本来は、そういうものです。)

 が、これは入試では、時間の面でも、解法の方向でも、有害ですらあります。

 あくまで、設問(そして、選択肢)の要求に応じて、主観的文章を(設問の要求に応じて)純客観的に分析しなくてはならないのです。(国語を純客観的に分析? これ自体がパラドックスですが、ここでは、この問題には踏み込みません。日本の大学入試制度の問題点です。)

 この点で、案外、読書好きの受験生が、この種の問題に弱いのです。(読書好きの受験生は、語彙力があるので、あとは、問題対応力を養成すればよいのです。)

 

 しかし、それほど心配する必要はありません。

 「入試問題の要求にいかに合わせていくか」という方法論を身に付けること、つまり、小説・エッセイ問題に、「正しく慣れる」ことで、得点力は劇的にアップするのです。

 そこで、次に、小説・エッセイ問題の解法のポイントをまとめておきます。

 

【1】5W1H(つまり、筋)の正確な把握

 

① 誰が(Who)     人物

② いつ(When)      時

③ どこで(Where) 場所

④ なぜ(Why)   理由→これが重要

⑤ なにを(What)    事件

⑥ どうした(How) 行為

 

 上の①~⑥は、必ずしも、わかりやすい順序で書いてあるとは限りません。

 読む側で、一つ一つ確認していく必要があります。

 特に、④の「なぜ(理由)」は、入試の頻出ポイントなので、注意してチェックすることが大切です。

 

【2】人物の心理・性格をつかむ

 

① 登場人物の心理は、その行動・表情・発言に、にじみ出ているので、軽く読み流さないようにする。

 

② 情景描写は、登場人物の心情を暗示的・象徴的に提示している場合が多いということを、意識して読む。

 

③ 心理面に重点を置いて、登場人物相互間の人間関係を押さえていく。

 

④ 登場人物の心理を推理する問題が非常に多い。その場合には、受験生は自分をその人物の立場に置いて、インテリ的に(真面目に、さらに言えば、人生重視的に)、一般的に、考えていくようにする。

 

⑤ 心理は、時間とともに流動するので、心理的変化は丁寧に追うようにする。

 

 気持ちを表している部分に傍線を引く。登場人物の心情を記述している部分に、薄く傍線を引きながら本文を読むことが大切です。

 

  以上を元に、「いかに小説問題を解いていくか」、を以下で解説していきます。

 

 

(2)センター試験・小説問題の解法のポイント・コツ

 

【1】先に設問をチェックする

 

 センター試験の小説問題の本文は、難関大学の小説問題か、それ以上の長文の場合が多いのです。

 そこで、センター試験小説問題を効率的に解くための1つ目のコツは、本文を読む前に設問(特に、設問文)に目を通すことです。

 すぐに設問文に目を通し、「何を問われているか」を押さえてください。

 「設問で問われていること」を意識しつつ読むことで、時間を短縮化することができます。

 

【2】消去法を、うまく使う

 

 センター試験の小説問題の選択肢は、最近は、少々、長文化しています。

 しかし、明白な傷のある選択肢が多いので、消去法を駆使していくことで、効率的に処理することが可能です。

 

 

(3)2008センター試験・小説問題・『彼岸過迄』(夏目漱石)→問題・解説・解答

 

彼岸過迄 (新潮文庫)

彼岸過迄 (新潮文庫)

 

 

 

【1】【2】【3】・・・・は当ブログで付加した段落番号です)

   (青字は当ブログによる「振り仮名」・「注」です。赤字は当ブログによる「強調」です)

 

第2問 次の文章は、夏目漱石の小説『彼岸過迄(ひがんすぎまで)』の一節である。「僕」と従妹(いとこ)の田口千代子は、幼いうちに「僕」の母が将来の結婚を申し入れた間柄である。父の死後、母は「僕」と千代子との結婚を強く望むが、「僕」は積極的に千代子を求めようとしない。以下の文章は、田口家の別荘を「僕」と母が訪れた場面である。これを読んで、後の問いに答えよ。

【1】 田口の叔母は、高木さんですと云って丁寧(ていねい)にその男を僕に紹介した。彼は見るからに肉の緊(し)まった血色の好い青年であった。年からいうと、あるいは僕より上かも知れないと思ったが、そのきびきびした顔つきを形容するには、是非とも青年という文字(もんじ)が必要になったくらい彼は生気に充(み)ちていた。僕はこの男を始めて見た時、これは自然が反対を比較するために、わざと二人を同じ座敷に並べて見せるのではなかろうかと疑(うたぐ)った。無論その不利益な方面を代表するのが僕なのだから、こう改まって引き合わされるのが、僕にはただ悪い洒落(しゃれ)としか受取られなかった。
【2】 二人の容貌(ようぼう)がすでに意地の好くない対照を与えた。しかし様子とか応対ぶりとかになると僕はさらにはなはだしい相違を自覚しない訳にいかなかった。僕の前にいるものは、母とか叔母とか従妹とか、皆親しみの深い血族ばかりであるのに、それらに取り巻かれている僕が、この高木に比べると、かえってどこからか客にでも来たように見えたくらい、彼は自由に遠慮なく、しかもある程度の品格を落す危険なしに己(おのれ)を取扱かう術(すべ)を心得ていたのである。知らない人を怖(おそ)れる僕にいわせると、この A この男は生まれるや否や交際場裏(こうさいじょうり)に棄(す)てられて、そのまま今日まで同じ所で人となったのだと評したかった。彼は十分と経(た)ないうちに、凡(すべ)ての会話を僕の手から奪った。そうしてそれを悉(ことごと)く一身に集めてしまった。その代り僕を除(の)け物にしないための注意を払って、時々僕に一句か二句の言葉を与えた。それがまた生憎(あいにく)僕には興味の乗らない話題ばかりなので、僕はみんなを相手にする事もできず、高木一人を相手にする訳にも行かなかった。彼は田口の叔母を親しげにお母さんお母さんと呼んだ。千代子に対しては、僕と同じように、千代ちゃんという幼馴染(おさななじ)みに用いる名を、自然に命ぜられたかのごとく使った。そうして僕に、先ほど御着になった時は、ちょうど千代ちゃんと貴方(あなた)の御噂(うわさ)をしていたところでしたと云った。

【3】 僕は初めて彼の容貌を見た時からすでに羨(うらや)ましかった。話をするところを聞いて、すぐ及ばないと思った。それだけでもこの場合に僕を不愉快にするには充分だったかも知れない。けれどもだんだん彼を観察しているうちに、彼は自分の得意な点を、劣者の僕に見せつけるような態度で、誇り顔に発揮するのではなかろうかという疑いが起った。その時僕は急に彼を憎み出した。そうして僕の口を利くべき機会が廻(まわ)って来てもわざと沈黙を守った。
【4】 落ちついた今の気分でその時の事を回顧して見ると、こう解釈したのはあるいは僕の僻(ひが)みだったかも分からない。僕はよく人を疑る代わりに、疑る自分も同時に疑わずにはいられない性質(たち)だから、結局他(ひと)に話をする時にもどっちと判然(はっきり)したところが云いにくくなるが、もしそれが本当に僕の僻(ひが)み根性だとすれば、その裏面にはまだ凝結した形にならない嫉妬(しっと)が潜(ひそ)んでいたのである。」

 

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(問1は、省略します)


問2 傍線部A「この男は生まれるや否や交際場裏に棄てられて、そのまま今日まで同じ所で人となったのだと評したかった」とあるが、そのように高木を評する「僕」の思いを説明したものとして最も適当なものを、次の中から一つ選べ。


① 初対面の人にも全くものおじせず、家族のように親しげに周囲の人の名を呼ぶので、羨ましく思っている。

② 明るく話し上手で人づきあいに長けているうえ、そつのない態度で会話を支配するので、不快に思っている。

③ 周囲のすべての人に配慮しつつも、その態度はおしつけがましいものでもあるので、うっとうしく思っている。

④ 品格もあり容貌も立派な人物だが、完全無欠な態度によって「僕」の居場所を脅かすので、憎らしく思っている。

⑤ 洋行帰りという経歴の持ち主であり、自分をよく見せる作為的な振る舞いをするので、面白くなく思っている。

 

……………………………

 

【解説・解答】主人公(「僕」)の心理を問う問題

(解説)

  「生まれるや否や交際場裏に棄てられて、そのまま今日まで」という露骨な悪意に満ちた表現のニュアンスから、「僕」は高木を不快に思っていることが分かります。

 また、「交際場裏に棄てられ」という表現と、傍線部分の直前の「僕の前にいるものは、母とか叔母とか従妹とか、皆親しみの深い血属ばかりであるのに、それらに取り巻かれている僕が、この高木に比べると、かえってどこからか客にでも来たように見えたくらい、彼は自由に遠慮なく、しかもある程度の品格を落す危険なしに己を取扱かう術(すべ)を心得ていた」とから、「高木」は美辞麗句を駆使して、その場の人々を、自分に有利なように巧妙に操るテクニック(社交術)を自然に身に付けている、と言いたいのです。 

 

 

 【 「傍線部説明問題」の解法のポイント・コツ 】

 「傍線部それ自体」を、「精密に分析」していくことが必要です。

 これは、小説問題だけではなく、評論問題でも必要なことです。

 厳しい時間制限があるので、「傍線部それ自体」の「精密分析」に、すぐに着手してください。

 段落要約・全体要約を書いている時間的余裕は、ありません。

 

①は、「羨ましく思っている」の部分が不適で、誤りです。

②は、上記の解説より、これが最適であり、正解です。

③は、「周囲のすべての人に配慮」の部分が誤りです。「僕」は「配慮」されていません。

④・⑤は、「交際場」との関連性がないので、誤りです。

 

(解答) ② 

 

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 (問題文本文)

「【5】 僕は男として嫉妬の強い方か弱い方か自分にもよく解(わか)らない。競争者のない一人息子としてむしろ大事に育てられた僕は、少なくとも家庭のうちで嫉妬を起す機会をもたなかった。小学や中学は自分より成績のいい生徒が幸いにしてそうなかったためか、至極(しごく)太平(→「平和」と意味)に通り抜けたように思う。高等学校から大学へかけては、席次(注1 「席次」ー成績の順位→本番の問題用紙では「注」は問題文本文の後に列記されていました)にさほど重きをおかないのが、一般の習慣であった上、年ごとに自分を高く見積る見識というものが加わって来るので、点数の多少は大した苦にならなかった。これらを外(ほか)にして、僕はまだ痛切な恋に落ちた経験がない。一人の女を二人で争った覚えはなおさらない。自白すると僕は若い女殊(こと)に美しい若い女に対しては、普通以上に精密な注意を払い得る男なのである。往来を歩いて綺麗(きれい)な顔と綺麗な着物を見ると、雲間から明らかな日が射した時のように晴やかな心持になる。たまにはその所有者になって見たいという考えも起こる。しかしその顔とその着物がどうはかなく変化し得るかをすぐ予想して、酔よいが去って急にぞっとする人の浅ましさを覚える。B  僕をして執念(しゅうね)く美しい人に附纏(つけまつ)わらせない(注2 「附纏わる」は「つきまとう」に同じ)ものは、まさにこの酒に棄てられた淋(さび)しみの障害に過ぎない。僕はこの気分に乗り移られるたびに、若い自分が突然老人(としより)か坊主に変ったのではあるまいかと思って、非常な不愉快に陥る。が、あるいはそれがために恋の嫉妬というものを知らずに済ます事が出来たかもしれない。」

 

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 問3 傍線部B「僕をして執念く美しい人に附纏わらせないものは、まさにこの酒に棄てられた淋しみの障害に過ぎない」とあるが、この部分で「僕」は自分をどのようにとらえているか。その説明として最も適当なものを次の①~⑤のうちから一つ選べ。

① 美しい女性への関心が人一倍あるのにもかかわらず、痛切な恋に落ちた経験がないために、自分からはどのように女性に対してよいかわからないと感じている。

② 美しい女性と過ごしたいという気持ちを持つ一方で、その美しさは表面的なものに過ぎないとわかっているので、自分は惑わされることはないと思っている。

③ 美しい女性を見ると気持ちが高ぶるが、幼いころから感情を抑制してきたため、自分は美しさや魅力を率直に認める感性を失ってしまったと考えている。

④ 美しい女性の魅力に安易に惹かれることを不愉快に感じ、自己を律して冷静な自分に立ち返り欲望を抑えなければならないと考えている。

⑤ 美しい女性も時の経過とともに変化していくことを想像するとすぐに冷めてしまい、自分は対象に集中できず満たされることがないと感じている。

 

……………………………

 

 【解説・解答】主人公( 「僕」 )の心理を問う問題

(解説)

 傍線部直前に「その顔とその着物がどうはかなく変化し得るかをすぐ予想して」とあります。

 そして、直後には「若い自分が突然老人か坊主に変わったのではないか」ともあります。

 美しい女性が「はかなく変化」するというのは、「老化すること」を意味します。

 正解は⑤です。

 

(解答) ⑤ 

 

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 (問題文本文) 

「【6】 僕は普通の人間でありたいという希望をもっているから、嫉妬心のないのを自慢にしたくも何ともないけれども、今話したような訳で、眼(ま)の当たりにこの高木という男を見るまでは、そういう名のつく感情に強く心を奪われた試しがなかったのである。僕はその時高木から受けた名状しがたい(→「名状しがたい」とは、「説明できない」という意味)不快を明らかに覚えている。そうして自分の所有でもない、また所有する気もない千代子が原因で、この嫉妬心が燃え出したのだと思った時、C  僕はどうしても僕の嫉妬心を抑え付けなければ自分の人格に対して申し訳ないような気がした。僕は存在の権利を失った嫉妬心を抱(いだ)いて、誰にも見えない腹の中で苦悶(くもん)し始めた。幸い千代子と百代子(ももよこ)が日が薄くなったから海へ行くといい出したので、高木が必ず彼らについて行くに違ないと思った僕は、早くあとに一人残りたいと願った。彼らは果(は)たして高木を誘った。ところが意外にも彼は何とか言い訳を拵(こしら)えて容易に立とうとしなかった。僕はそれを僕に対する遠慮だろうと推察して、ますます眉(まゆ)を暗くした。彼らは次に僕を誘った。僕はもとより応じなかった。高木の面前から一刻も早く逃(のが)れる機会は、与えられないでも手を出して奪いたいくらいに思っていたのだが、今の気分では二人と浜辺まで行く努力がすでに厭(いや)であった。母は失望したような顔をして、いっしょに行っておいでなといった。僕は黙って遠くの海の上を眺ながめていた。姉妹(きょうだい)は笑いながら立ち上った。」

 

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問4 傍線部C「僕はどうしても僕の嫉妬心を抑え付けなければ自分の人格に対して申し訳がないような気がした」とあるが、なぜ「僕」はこのような気持ちになったのか。その理由として最も適当なものを次の①~⑤のうちから一つ選べ。

 

① 「僕」は常々普通の人間でいたいという希望を持っていたため、人並みに嫉妬心を持っていても不思議はないと考えていた。千代子に高木と比較されたという思いによって生じた「僕」の僻み根性が、そうした感情と結びついてしまったことにやりきれなさを覚えたから。

② 「僕」は高木の登場によって、これまでの自己認識を超えるような嫉妬心を抱いた。高木への僻み根性に根ざしたその感情は、恋人と意識したこともない千代子を介して生じたものであり、そうした感情を制御しない限り、自分を卑しめることになるような気がしたから。

③ 「僕」は今まで本当に女性を愛した経験はなかったが、ライバルである高木の存在によって初めて千代子を愛しているのではないかと考えはじめた。高木に対する嫉妬心を消し去らなければ、千代子と純粋な気持ちで恋愛はできないと気づいたから。

④ 「僕」は一人息子として生まれたうえ、学校にも競争者がいなかったため、嫉妬心を抱く環境になかった。千代子を恋人として扱う高木に萌し始めた嫉妬心は、経験のない感情であり、そうした感情によって動揺する自分を浅ましいものと判断したから。

⑤ 「僕」は今まで若い女性に対してあまりに臆病であったために、本来は恋にかかわる嫉妬心が起こるはずがなかった。如才なく振舞う高木によって書きたてられた、そうした嫉妬の感情が自分の自制心を失わせることに気づいて羞恥を覚えたから。

 

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  【解説・解答】主人公( 「僕」 )の心理を問う問題

(解説)

 傍線部直前の「自分の所有でもない、また所有する気もない千代子が原因で、この嫉妬心が燃え出したのだと思った時」に注目してください。

 この直前部分と傍線部は、密接に関連しています。

 この直前部分との関連性がある記述は、②の「恋人と意識したこともない千代子を介して生じたものであり」しか、ありません。

 ②が正解です。

 

(解答) ②

 

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 (問題文本文)

「【7】「相変らず偏窟(へんくつ)ね貴方は。まるで腕白小僧みたいだわ」
 千代子にこう罵(ののし)られた僕は、実際誰の目にも立派な腕白小僧として見えたろう。僕自身も腕白小僧らしい思いをした。調子のいい高木は縁側へ出て、二人のために菅笠(すげがさ)のように大きな麦藁帽(むぎわらぼう)を取ってやって、行っていらっしゃいと挨拶(あいさつ)(→「書き取り」で頻出)をした。
【8】 二人の後姿が別荘の門を出た後で、高木はなおしばらく年寄りを相手に話していた。こうやって避暑に来ていると気楽でいいが、どうして日を送るかが大問題になってかえって苦痛になるなどと、実際活気に充みちた身体(からだ)を暑さと退屈さに持ち扱っている(注3 「持ち扱っている」ー取り扱いに困って、もてあましている)風に見えた。やがて、これから晩まで何をして暮らそうかしらと独り言(ひとりごと)のように云って、不意に思い出したごとく、玉(注4 「玉」ーここでは「玉突き」を略して言っている。玉突きは、ビリヤードのこと)はどうですと僕に聞いた。幸いにして僕は生れてからまだ玉突きという遊戯を試みた事がなかったのですぐ断った。高木はちょうどいい相手ができたと思ったのに残念だといいながら帰って行った。僕は活発に動く彼の後影を見送って、彼はこれから姉妹のいる浜辺の方へ行くに違いないという気がした。けれども僕は坐(すわ)っている席を動かなかった。

【9】 高木の去った後、母と叔母は少時(しばらく)彼の噂をした。初対面の人だけに母の印象は殊に深かったように見えた。気の置けない、いたって行き届いた人らしいといって賞(ほ)めていた。叔母はまた母の批評をいちいち実例に照らして確かめるふうに見えた。この時僕は高木について知り得た極めて乏しい知識のほとんど全部を訂正しなければならない事を発見した。僕が百代子から聞いたのでは、亜米利加(アメリカ)帰りという話であった彼は、叔母の語るところによると、そうではなくって全く英吉利(イギリス)で教育された男であった。叔母は英国流の紳士という言葉を誰かから聞いたと見えて、二、三度それを使って、何の心得もない母を驚かしたのみか、だからどことなく品の善(よ)いところがあるんですよと母に説明して聞かせたりした。母はただへえと感心するのみであった。

【10】 二人がこんな話をしている内、僕はほとんど一口も口を利きかなかった。ただ上辺から見て平生(へいぜい)(→入試頻出語句)の調子と何の変わる所もない母が、この際高木と僕を比較して、腹の中でどう思っているだろうと考えると、僕は母に対して気の毒でもありまた恨めしくもあった。同じ母が、千代子対僕という古い関係を一方に置いて、さらに千代子対高木という新しい関係を一方に想像するなら、果たしてどんな心持ちになるだろうと思うと、仮令(たとい)少しの不安でも、避け得られるところをわざと与えるために彼女を連れ出したも同じ事になるので、僕はただでさえ不愉快な上に、年寄りにすまないという苦痛をもう一つ重ねた。
【11】 前後の模様から推すだけで、実際には事実となって現れて来なかったから何ともいいかねるが、叔母はこの場合を利用して、もし縁があったら千代子を高木に遣(や)るつもりでいるぐらいの打ち明け話を、僕ら母子(おやこ)に向って、相談とも宣告とも片付かない形式の下に、する気だったかもしれない。凡(すべ)てに気が付くくせに、こうなるとかえって僕よりも迂遠(うと)い母はどうだか、僕はその場で叔母の口から、僕と千代子と永久に手を別(わか)つべき談判の第一節を予期していたのである。幸か不幸か、叔母がまだ何もいい出さないうちに、姉妹は浜から広い麦藁帽の縁(ふち)をひらひらさして帰って来た。 D 僕が僕の占いの的中しなかったのを、母のために喜んだのは事実である。同時に同じ出来事が僕を焦燥(もどか)しがらせたのも嘘ではない

【12】 夕方になって、僕は姉妹と共に東京から来るはずの叔父を停車場(ステーション)に迎えるべく母に命ぜられて家いえを出た。彼らは揃(そろ)いの浴衣(ゆかた)を着て白い足袋(たび)を穿(は)いていた。それを後ろから見送った彼らの母の眼に彼らがいかなる誇りとして映じたろう。千代子と並んで歩く僕の姿がまた僕の母には画(え)として普通以上にどんなに価が高かったろう。僕は母を欺く材料に自然から使われる自分を心苦しく思って、門を出る時振り返って見たら、母も叔母もまだこっちを見ていた。」

 

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問5 傍線部D「僕が僕の占いの的中しなかったのを、母のために喜んだのは事実である。同時に同じ出来事が僕を焦燥しがらせたのも嘘ではない」とあるが、この部分での「僕」の心情はどのようなものと考えられるか。その説明として最も適当なものを次の①~⑤のうちから一つ選べ。

 

① 高木を千代子の結婚相手にしたいと叔母が言わなかったのことは、「僕」との縁談を期待する母の気持ちを考えるとよかったが、その一方で、「僕」と千代子の縁談の可能性が消えないまま。どっちつかずの状況に留まることにいらだちを感じている。

 ② 高木と千代子の結婚を予期しない母の驚きや動揺に配慮した叔母が、二人の結婚話を持ち出さなかったのはよかったが、その一方で、千代子の結婚相手として自分にも見込みがあるという思いとともに、事態はまだ流動的であるという不安を感じている。

③ 内心では高木が千代子の結婚相手になるのもやむを得ないと考えている母に、叔母が二人を結婚させたいと打ち明けることは避けられたので安心したが、その一方で、高木と比べると千代子の結婚相手として劣る自分にじれったさを感じている。

④ 母が高木に好印象を持ったことを察した叔母が、そのことに乗じて千代子と高木の縁談を持ち出すのではないかという不安がぬぐわれてほっとしたが、その一方で、母の抱いた印象が「僕」と高木を比較した結果であることに不満を感じている。

⑤ 高木と千代子に縁談が持ち上がっていることを叔母が明かさなかったため、千代子と「僕」の結婚を望む母の期待が続くことを喜んだが、その一方で、千代子と結婚する意志のないまま母を欺き通さなければならないことに歯がゆさを感じている。

 

 

問6 この文章における表現の特徴についての説明として適当なものを、次の中から二つ選べ。

① 初めて嫉妬に心を奪われることになった経緯を、「僕」の心情の描写よりも、高木をめぐる母と叔母の噂話、千代子と高木とのやりとり、高木の「僕」に対する態度の描写などを通して示している。

② 「落ち着いた今の気分でその時の事を回顧してみると」とあるように、出来事全体を見渡せる「今」の立場から、当時の「僕」の心情や行動について原因や理由を明らかにしながら描いている。

③ 「僕」自身の心情を回顧的に語る部分に現在形を多用することで、別荘での出来事から遠く隔たった現在においても、「僕」の内面の混乱が整理されないまま未だに続いていることを示している。

④ 「凝結した形にならない嫉妬」「存在の権利を失った嫉妬心」などのように、漢語や概念的な言葉で表現することによって、「僕」が自分の心情を対象化し分析的にとらえようとしていることがわかる。

⑤ 笑いながらの千代子の発言を「罵られた」と述べたり、玉突きの経験がないことを「幸いにして」と述べたりすることによって、出来事をそのままには受け取ろうとしない「僕」の屈折したユーモアを示している。

⑥ 「自然が反対を比較する」「会話を僕の手から奪った」「自然から使われる自分」などの表現から、擬人法を用いることで、「僕」が抽象的なものごとをわかりやすく説明しようとしていることがわかる。

 

……………………………

 

 【解説・解答】

(解説)

問5 主人公の心理を問う問題

→第【11】段落の最後に傍線部があるので、第【11】段落を、精密に分析することが必要です。

 第【11】段落冒頭から明らかですが、「僕の占い」というのは、「叔母がこの場合を利用して、もし縁があったら千代子を高木に遣るつもりでいるくらいの打ち明け話を」するだろうという予想のことです。 

 現実化はしませんでした。

 その時点で「母」はそういうことには「迂遠い」ので、自分の息子(「僕」)と千代子の縁談は当初の予定通り進むだろうと思っているわけです。

 一方で、「僕」としては、「僕と千代子と永久に手を別つべき談判」を期待していました。

 従って、「占い」が外れて、「母」には良いよかったのですが、「僕」にとっては、残念だったというわけです。

 ①が正解です。

 

(解答) ①

 

問6 「表現の特徴」を問う問題

→最近のセンター試験・小説問題の流行です。

  問題文本文を熟読する前に、この問6に注目すると、戦いを有利に進めることが出来ます。

 効率的で、賢明な作戦だと思います。

 

① 「『僕』の心情の描写よりも」の部分が、不適です。

② 第【4】段落に合致しています。

③ 「『僕』の内面の混乱が整理されないまま未だに続いていることを示している」の部分が、第【4】段落第一文の「落ちついた今の気分でその時の事を回顧して見ると」に反していて、不適です。

④ 特に、問題は、ありません。合致しています。

⑤ 「『僕』の屈折したユーモア」を読み取ることは、できません。不適です。

⑥ 「会話を僕の手から奪った」の「主語」は「高木」なので、「擬人法」では、ありません。不適です。 

 

(解答) ②・④  

 

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 (4)当ブログにおける、他の「小説問題・対策記事」の紹介

 当ブログで、最近、発表した記事のリンク画像を下に貼っておきます。

 ぜひ、ご覧ください。

 

 

 

 (5)当ブログにおける、他の「センター試験・対策記事」の紹介

 

 

 

 

   

 

 

 

 (6)当ブログにおける、他の「夏目漱石・関連記事」の紹介

 

 

  

 

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 今回の記事は、これで終わりです。

 次回の記事は、約10日後に発表の予定です。

 

 

   

 

 

彼岸過迄

彼岸過迄

 

 

 

 

 


 

 

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