予想問題・「SMAP と小林幸子」松井彰彦氏の論考-市場vs共同体
(1)この記事を書く理由
【1】この記事を書く理由
松井彰彦氏は、理論経済学、ゲーム理論(最近の入試の流行テーマ・論点)、障害と経済、を専門とする経済学者(東大大学院教授)です。
著書としては
『慣習と規範の経済学-ゲーム理論からのメッセージ』(東洋経済新報社)
『市場の中の女の子-市場の経済学・文化の経済学』(PHP 研究所)
『高校生からのゲーム理論』(ちくまプリマ-新書)
『ミクロ経済学-戦略的アプローチ』(共著)(日本評論社)
『ゲーム理論』(共著)(三笠書房)
等があります。
(おすすめは、下の『高校生からのゲーム理論』です。最近の現代文(国語)・小論文の流行論点・テーマである「ゲーム理論」について、分かりやすく説明しています。「ゲーム理論」は、「人生」にも役立ちます。Amazon へリンクできますので、ぜひ、ご覧になってみてください。)
最近、松井氏の論考が、
広島大学(経済学部)、
新潟大学(経済学部・社会人入試)、
富山大学(経済学部)、
の小論文問題として出題されました。
そこで、松井氏の論考に注目していたところ、
「読み解き経済・『SMAPと小林幸子』 -『村』揺るがすネット市場」が、「朝日新聞」(2016年2月18日)に掲載されました。
この論考が、ゲーム理論的アプローチによる解説を、わかりやすくしていて、難関大学の現代文(国語)・小論文問題に出題される可能性が大なので、現代文(国語)・小論文対策として、紹介します。
この論考は、「日本的な閉鎖的所属型システム」と、「欧米的な競争的な契約型システム」の対比を、世間で注目された事例を材料として、分かりやすく本質的に説明しています。
「日本の組織の病理」は、「グローバル化」、「国際化」のテ-マ・論点の一つです。
つまり、「欧米的価値観」から見た「日本システムの特殊性」は、「日本人論」、「日本文化論」として、入試頻出のテ-マ・論点になっています。
「他者理解」の前提条件として「自己理解」が必要不可欠だからです。
日本人は、自分達の「特殊性」、「個性」に無自覚なまま、他の国々と交流しようとするから、さまざまな、深刻な文化的摩擦を 発生させる傾向がある、という意見も多いのです。
【2】「ゲーム理論」について
なお、ここで、最近の入試現代文(国語)・小論文の流行テーマ・論点になっている「ゲーム理論」について概説します。
「ゲーム理論」は「囚人のジレンマ」等の論点でよく出題されています。
「ゲーム理論」とは、利害対立の状況下にある複数の集団の行動を数字的に把握する理論です。
つまり、ゲームにおけるプレイヤーの行動の最適戦略を分析しようとする数字上の理論です。
複数の合理的意志決定主体の利害状況が、それぞれの戦略の相互依存性(ここがポイントです)により決定されるという、ゲーム的状態を分析する数理的手段を用います。
つまり、各人の利害状況は、相手の行動等や環境の状況により、つねに流動的なので、その点を数理的に分析しようとする理論です。
ここが、ポイントです。
オ-マン、シェリングは、ゲーム理論を「対立と協力の関係」を解明することに活用して、ノ-ベル経済学賞を受賞しました。
ゲーム理論的アプローチは、現在では、経済的現象の調査・分析やシュミレ-ション等だけではなく、政治学、社会学等にも採用されています。
(2)松井氏の論考の概要・解説
この論考は、3部構成になっているので、それに従って概要・解説を記述していきます。
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①〔論考の概説〕
「SMAP のメンバー5人の「謝罪」による解散回避に関して、世間やTVでは解散回避をプラス評価する一方で、ネットでは、『謝罪』場面を『公開処刑』と評する書き込み等が目立った。一連の騒動を、共同体と市場の問題として読み解いてみたい。
日本では、タレントは多くの場合、事務所に所属する。稼げるタレントが事務所にお金を落とし、稼げないタレントの食い扶持を賄う。このようなしくみを所属型システムと呼ぼう。
稼げるタレントの独立は、事務所存続、所属型システムを根底から動揺させる。そこで成立しているのが、『事務所から独立した芸能人は干される』という慣行である。
この慣行は閉鎖的・組織的共同体では存続しやすい。共同体で裏切り行為をした個人は、共同体全体から『村八分』にされる」
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〔解説〕
第一部は、「SMAP 解散騒動」を「共同体と市場のせめぎ合いの問題」として読み解く、という問題提起から始まります。
そして、日本の芸能界は、所属型システム(事務所存続第一主義)になっていること、所属型システムを保護するために村八分システム(事務所から独立した芸能人は干されるという慣行)があることを、指摘しています。
つまり、日本の芸能界は「共同体」である、との指摘です。
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②〔論考の概説〕
「 SMAP 解散騒動は、共同体(芸能事務所・TV局・芸能人)が、芸能人の独立を抑止力発動により、独立を阻止した事例と解釈することができる。
このような所属型システムの対極にあるのが、契約型システムである。このシステムでは、一回ごとに売り手と買い手が契約を結んで取引をする。
ただし、契約型システムでは、売り手である個人の力は、買い手と比較して弱いので、組合が必要になる。
日本の芸能界のような所属型システムを維持するためには、競争環境=市場が存在しないことが前提条件となる。村八分は村から出ることにコストがかかる場合にのみ有効な手段なのである」
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〔解説〕
この部分をまとめると、以下のようになります。
1、TV 局は「共同体」に属していること。
2、「所属型システム」の対極にあるのが「契約型システム」。「契約型システム」においては組合が必要。
3、「所属型システム」を維持するためには、「競争環境=市場」が存在しないことが前提条件となること。→そこでしか、生きられないようにすること。
4、 「村八分」は村から出ることにコストがかかる場合にのみ有効→「村」から出ることに大きなリスクがあれば、人は、ためらうということ。
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③〔論考の概説〕
「競争的な環境はしばしば新しいシステムの到来によってもたらされる。小林さんは、事務所騒動以降、既存の所属型システムに干されてしまった。小林さんを救ったのがネット社会だった。
巨大な格好が、ゲームのラストに登場する敵のボスを彷彿とさせることから「ラスボス」の異名をとり、ネットでの人気が出始める。閉鎖的な旧システムから離脱した小林さんはネットという新しい市場に参加した。
ネット社会で人気を得た小林さんは、2015年の紅白歌合戦において既存システムへの復活を遂げる。ネット市場(新システム)がマスメディア共同体(既存システム・旧システム)を揺るがし始めた。既存システムが新システムを取り込んでいくのか、既存システムが新システムに駆逐されていくのか。しばらくは共同体と市場のせめぎ合いから目を離せない」
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〔解説〕
小林幸子復活劇の背景には、新システムである「ネット市場」がありました。
ネット社会の住人は「所属型システム」には、組み込まれていないので、小林幸子を支持しました。
その小林幸子を、NHK が紅白歌合戦に登場させました。
NHK は、ニコニコ動画視聴者もNHK 視聴者として取り込もうとしたのです。
小林幸子復活劇は、ネット社会が「所属型システム」に風穴を開けた事例と、評価できます。
マスメディアが、ネット社会の影響力を無視できなくなったのです。
このことは、マスメディアの力が衰えたとも、言えます。
この論考は、「IT化社会」のテーマ・論点として考えることも可能です。
「IT化社会 」のテーマ・論点は、3・11東日本大震災後の、「入試現代文(国語)・小論文の最新傾向」なので、特に注目してください。
詳しいことは、このブログの第1回記事を参照してください。
下の、冒頭記事画像から、リンクできます。
松井氏は、「ネット社会という新システムがマスメディアという既存のシステムを揺るがし始めた」と述べています。
松井氏は、旧システムの崩壊の予兆を、小林幸子復活劇に見たのでは、ないのでしょうか。
そうだとすると、「しばらくは共同体と市場のせめぎ合いから目が離せない」ことになります。
巨大な旧システムの崩壊の過程は、誰にとっても興味深いものです。
(3)所属型システムと契約型システムの対比
ここで、「所属型システム(日本的システム)」と「契約型システム(欧米的システム)」の対比を記述します。
【1】所属型システム(日本的システム)のプラス面とマイナス面
(1)プラス面
弱者を永続的に保護する共同体システムです。
平等重視であり、組織に従属している限り保護されます。
ある意味で、温もりのある組織とも評価できます。
(2)マイナス面
共同体内の秩序を乱したり、共同体を裏切るような個人は「村八分」にされます。
裏切り行為を抑止するためです。
組織中心主義、集団中心主義とも言えます。
個人の冒険は評価されません。
最近はグローバル化、国際化、欧米化が進行しているのに、日本の所属型システムには、(雇用形態を別として)大きな変化がありません。
日本人は、所属型システムが好きなのではないでしょうか。
あるいは、風土レベル、気質レベルで、日本人に合うのではないでしょうか。
所属型システムは芸能界だけの問題ではないのです。
学校、クラス、部活動(特に、スポーツの部活動)、企業(最近は、終身雇用制度は動揺しているが)、日本の組織は、この傾向が強いようです。
駅伝に感動する感性。
組体操に熱心な人びと。
付和雷同的に、ファッション等も皆と同じだと安心する感性。
個性ファッションをグラビア雑誌から学ぼうとしている(?)羊的な若者たち。
これらは、「所属的システム」に注目すると、容易に理解できます。
「所属」中心主義の感性なのです。
「所属」が「安心」の源なのです。
【2】契約型システム(欧米的システム)のプラス面とマイナス面
(1)プラス面
より良いものを作り出す自由競争、市場システムです。
個人主義的であり、個性重視のシステムです。
(2)マイナス面
格差・不平等を産むシステムです。不平等を産むシステム、
弱者に冷たいシステムで、ある意味で、厳しいシステムです。
(4)斎藤隆による解釈
これから、グローバル化、欧米化がますます進行し、欧米の契約型システムが日本に波及することが予想されます。
その中で、日本の所属型システムは、どのように変容していくのでしょうか。
私は、それほどには変化しないと思ってます。
なぜなら、先程述べたように、所属型システムは、風土レベル、気質レベルで、日本人に合っているからです。
ただし、部分的には、契約型システムが進行する分野もあるでしょう。
たとえば、ネット社会の影響を受けるマスメディア、芸能界、エンターテイメントの世界です。
このような世界には、共同体の影響力の及ばない市場が発生しています。
また、グローバル化が急激に進展する経済的分野では、人件費の合理化のため、雇用関係において所属型システム(年功年功序列型賃金制)が変容しつつあります。
つまり、外側からの働きかけ、外的圧力による変容によって、部分的変化が発生するだけなのです。
自分からは変化することはないのです。
「それでよい」と日本人が思っているのです。
それはそれで仕方がないと思います。
「いい悪いの問題では、ないのではないか」と考えるしかないのです。
善悪、適切不適切のレベルとは、次元が違うのです。
「国際化の現在、日本人の所属型システム的な心性を修正すべき」とする論考もあります。
しかし、「民族の心性」を、簡単に変換することは容易ではありません。
国際化の中で「他地域との感性レベルの摩擦を、いかに回避するか」は、テクニックレベルの問題として考えればよいのです。
「交際」や「社交」を心性レベルとしてのみ考え、テクニックレベルでの考察を軽視するのは、ある意味で、日本人の欠陥と言えます。
ここで、参考になるのは、現代文(国語)・小論文の入試頻出著者である山崎正和氏の『社交する人間』です。
山崎正和氏については、近々、記事として書く予定です。
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この問題は、「日本人論」「日本文化論」として、解釈していくことが可能です。
入試現代文(国語)・小論文としては、この方向性で出題される可能性が大です。
現代文(国語)・小論文対策として、「日本人論」「日本文化論」の方向性で、松井氏のこの論考を理解しておいてください。
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(なお、朝日新聞デジタルで、この松井氏の論考の全文が読めます)